仏教講座スケジュール

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出家体験記『ブッダを探して』更新しました

   ブログ日記 “出家 日本をゆく”   
3月11日更新しました。

3月15日(木)午後2時~4時 巣鴨・暮らしに役立つおもしろ仏教講座
★3月18日(日)午前10時~3時半 ゆったり座禅エクササイズ
3月20日(祝)午前/午後の部 座禅入門 おもしろ講義と実践

講座ラインアップは★春の講座案内をごらんください。

3月11日(日)

今日の講座は、チャリティとして実施しました。

皆さんからの参加費は復興支援に当てさせて頂きます。

総額と送り先は、後日、メールで報告しますね。・・・・・・

痛みを感じ取る時間とは別に、

今も続くこの出来事について、どう考えるべきかという話をした。

震災そして津波(原発という人為的問題はここでは除いて考える)
という災害について――

たとえば、
ある人は「天罰」を語った。

でも、端的に思う。

「天罰」を語っていいのは、
自分の身に降りかかった災難についてだけだ。

「天罰」は、自らの罪を自覚する言葉としてのみ、使うことが許される。
ひとさまの災難について向けるべき言葉ではない。

「無常」を語る言葉もあった。
災害は自然の法則であって、世の“無常”を冷静に受け止めるようにと。

率直に言おう。
「無常」なるものは、現象への「受けとめ方」(解釈)を表す言葉にすぎない。
自分はこう解釈します、と言っているだけ。
そこで止まってしまっては、思考は完結していない。

ブディズムでは、考えのフォーマット(定式)というのがある。

ひとつは、自分の物事とひとさまの領域とをはっきりわけること。

もうひとつは、
事実を、
①そのままに“理解”し、
②その上で自分にとっての“意味”を考え、
③その上で、自分は“どう動くか?”までを考えること。

ひとつの現実を、言葉であれこれ「解釈」する(論じる)ことは、
それが解釈(理屈)にすぎない限り、極端な話、妄想の域を出ない。

ましてや、その妄想を語る対象が、ひとさまの奪われた現実であるとき、
その言葉に一体どれほどの確かな意味があるのだろう?

この一年、彼の地の「現実」に対して、
どれほど多くの「解釈」が交わされたことか。

「自然への負債」「神の意志」「無常」「祟り」……
(「天罰」は消去する。あまりに上から目線の論評である)

興味深いのは、このような「解釈」だけで
議論・思索が終わってしまっていること。

もちろん語るのは自由だが、
その言葉が確かな意味を持つには、

“もう一歩先”まで考える必要があると私は思う。

つまり、
その現実に対して、
では、自分はどう関わるのか(向き合うのか)?
という問いだ。

現実を理解する⇒思考する(解釈する)⇒どう関わるか・どう動くかを考える⇒動く。

そこまで考え詰めて初めて、思考は完結する、のだと思う。

「ということを私が語っても誰も聞いてくれませんから、
ここでお話します」というと、みんな笑ってた(私)。

(つづく)