仏教講座スケジュール

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出家体験記『ブッダを探して』灼熱インド編

   ブログ日記 “出家 日本をゆく”   
3月15日更新しました。

★3月18日(日)午前10時~3時半 ゆったり座禅エクササイズ
3月20日(祝)午前/午後の部 座禅入門 おもしろ講義と実践
★4月1日(日)新生活応援トーク「雑念を斬る。~ムダな心の片づけ方」
講座ラインアップは★春の講座案内をごらんください。

3月11日(日)に考えたこと(前回のつづき)

どのような問題であれ、
問うべきは、「自分にとっての意味」である。

「意味」は、理屈・解釈だけでは完結しない。
(それをブッダは「戯論」(けろん)=知的遊戯と呼んだ)

自分はどう関わるか。どう動くか。
そこまで考えて初めて、ひとつの思考は完結する。

昨年の3月11日、私は都内某所にいた。
他の帰宅困難者に混じって、歩いて棲み処に戻った。

私の場所には、テレビもラジオも新聞もインターネットもない。
何も持たぬことを、出家の流儀と理解していた。

その結果、彼の地で起きている現実を理解できる状況にいなかった。
(今も理解できていないと思っている)

もちろん、それでも起きていることの重大さ・深刻さは伝わって来た。

何ができるのかといえば、
自分で開いている場所でチャリティ企画をやるくらい。

だが、単身で活動を始めたばかりの出家が集められた額は
じつに情けないものだった。

出家前に、
とある社会福祉施設でボランティアをしていたことがある。
そこでは、名前も素性も伝えないで(そこでの働きに必要なかったから)自然に働いていた。

別にボランティアとしての身を意識することもない。
ただその場に身を置いて、必要とされている仕事をやる。
それだけのことだった。

そういう、
ごく自然にその場の働きの一部になれる性分でありながら、
かの震災については動くことができなかった。

すぐにでも、何かできることを見つけて、彼の地にいく。
それができる性分だったし、そうすべきだとも感じた。
しかし、都内各地での教室が始まっていて、
日を空けることができなかった・・・。

せっかく出家という、
何でも自由に「よき働き」ができるはずの身の上に立てたのに――。
私は忸怩たる思いで都内で日々を送ることになった。

その頃、一番変わったのは、「関わり」である。
いくつかの仏教団体に声をかけてもらって、法話をしたりしていた。
だが、彼の地の現実に対して動こうとしない団体もあった。
そういう団体からは離れることにした。

この時期にいくつか途切れたのは、「本気のない関わり」である。

働ける場所はないか?と探し始めたのは、それからだ。

きちんと“行動”から入る人たちを見つけた。
尊い出会いを授かった。

私は謹んでその場所に飛び込み、
その一部となって働かせてもらいたいと伝えた。
そのご縁を今も頂いている。

被災地に一度入ることが出来たのも、
今都内でやっている炊き出し説法なるものも、
そのご縁の賜物である。

自分ひとりでは動けなかったことが、
ひとつの出会い・つながりを得て、できるようになる。
この心の素直な発露として、具体的な行動ができる。
ほんとうにありがたいことだと思う。

こういう、必要な働きをきちんと果たせる関わりを
大切にしていきたい。

そして、自分自身の活動も軌道に乗せて、広げて、
いざ何か大きなことが起きた時には、自然に動けるように、
条件を整えていきたい。

改めて伝えたい。
理屈・解釈は、「どう動くか」という問いとセットではじめて意味をもつ。

この「正しい思考」を心に留めておきたい。

一出家の歩幅はあまりに小さいけれど、大切にこの道をのばしていきます。

最後にもう一つ――

いずれは、自分自身が当事者になる。
慎んで、今を大切に生きよう。 


みんなが命をまっとうできますように。切に祈ります。