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真夏の夜の思い出

7月24日
*「はみだし人生相談室」をオープンしました。http://hamidashisoudan.blogspot.com/

大手新聞の人生相談コーナーを使って、「こんな考え方もありますよ」と提案するもの。けっこう切実な悩みが多いので、一緒に考えてみたくなったのです。
仏教を一般的な悩みに用いると、どんな回答が出てくるか?
興味ある方はおつきあいくださいね。

*ひとつ夏の思い出話を――

出家の覚悟が固まる前の、とある夏の夜のこと。

その夜は、その夏はじめて訪れた東北の小さな禅寺から東京へと帰る移動の途中だった。

路線を間違えて山形方面に向かっていることに気づいた。十八切符の鈍行の旅だったから、乗り間違えで時間を食うわけにはいかない。途中であわてて降りた。

一瞬、闇の中に落ちたか、と思った。

駅は、夜の帳にひっそりと沈んでいた。人ひとりいない。改札もない小さなプラットホームに、明かりの切れた外灯がひとつあるだけだった。
レールの向こう側には、底知れぬ闇がしんと広がっている。
ホームの端まで行って辺りを見たが、墨色の空漠が網膜に映るばかりで、人家の気配はない。

失敗した、と思った。心細さに心臓が掴まれたように感じた。

致し方なく、ホームのベンチに腰かけた。習いたての、呼吸に意識を合わせるという禅の作業に努めるようにした。しばし目をつむる――。

すると、かすかに聞こえてくる音があった。

水の転がる音だった。川が流れているのか。しかも近い。

立ちあがって、その方角を見やると、黒い虚空の中からせせらぎの音が聞こえてくる。足下の低い方からも音がする。その水音は、闇の中を駆けあがって上方へと伝っていく。

気配を感じた――自分がいる場所は山の斜面で、すぐそばに谷底があるのだ。そしてその向こうには、もう一つの大きな山がせり立っている。

さらに耳を澄ますと、音が流れ込んできた。

虫たちの鈴唱だ。気づいた途端、その音は激しさを増した。
響いてくるのは、渓流の方角だけではなかった。四方八方の闇間から隙なく密に流れてくる。虫が奏でる高く澄明な音に身を包まれていた。

このときほど、見える世界が鮮やかに変わった体験をしたことはなかった。
不思議な視力を得たかのように、暗闇から恐怖が消え、山々の存在を感じ、そこに息づく無数の生命が透けて見えるように思えた。

清流は、山の葉をふんだんに溶かし、魚(うお)や虫や微小な生き物の棲み処となりながら、山間を昼と変わらぬ速度で烈しく滑り落ちているだろう。

山々には、鳥や獣や昆虫たちが今もせわしなく動き回り、幾千万の樹木が枝葉を抱えて静かに大きく呼吸し続けているだろう。

目の前の闇から目を離して、上方を見上げた。

めくるめく星々が、宙(そら)いっぱいに瞬いていた。

なんということだろう――至るところに生命が溢れているではないか。足元にも、天空にも、目前の暗がりにも。どこにも無などない。

この星は、猛烈なスピードで銀河の中を回り続けている。
今この場所はたまたま星の影にあるが、まもなく暗がりを抜けて、燦々たる光の中へと再び入るだろう。

光がなくて恐怖を感じているのは、私だけかもしれない。

光があるとないとに関係なく、この星は、生命の豊饒の中にある。

一晩中ここにいてもいいと思った。
これほどに生命が宇宙に満ち満ちているのを身近に感じたのは、初めてだったから。

――生きる場所にこだわらなくていいという思いは、あの日以来いっそう強くなった気がする。

どこでも生きていけるし、どこで停まってもいい。そう思っている。

この命は、どの場所にあっても、無窮の生命とともにあるのだから。