仏教講座スケジュール

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シリーズ講座第1期修了

12月2日
◇10月から始まった“仏教のきほんを学ぶ講座”がついに修了。

あっという間だった。充実していた。濃密な(過ぎる?)関わりがあった。

それまでの単発の講座とちがって、みな腰をすえて向き合ってくれたのではないか。

単発だと、はじめての人もベテランの人もいるし、いきおいライトな雰囲気で突き進むことになる。

それはそれでよいのだけど、単発ではどうしても、知識が定着しない、継続性がない、という弱点がある。

その点、シリーズ講座では、継続性を前提に話ができる。
一度扱った内容について、メールの感想などをふまえて、次の回でさらにつっこんだ話ができる。

参加者同士の面識もできて、自然に親しくなった人たちもいる。

そして何より今回、扱う中身が、かなりバラエティに富み、しかもクオリティが高く、
その内容をみなが真剣に受けとめてくれたのを感じている。

最後の回は、内容がかなりバラエティに富んでいた。ほんとは、2、3回にわけてじっくりとりくむべきレベルの内容なのだろうが、そのなかでもポイントをしぼって紹介した。

(今回のシリーズは、いうなれば下地塗りの段階だ。ここから今後通ってきてくれる人たちとは、じっくりと本塗り・重ね塗りの講義をやっていきたいと思う。)

◇たとえば、こんな内容――

○「正しい生活」をつくるには、何が必要か。

たしかな方向性をもつこと――二分すれば、快(よろこび)を追求するか、今の不快(満たされなさ)を解消することをめざすか。 どちらも人生のテーマになりうる。

小さな喜びを意識して追求すること。
スケジューリングなど生活に“秩序”を意識してもりこむこと、
よき友(関わり)を大切にすること――。


○仕事については、“正しい動機” が何よりも大切になること。

関わる人への貢献。貢献を歓びにできること。

○ミスしたときの“謝罪”というのは、

①「わかります」(事実を理解していることを伝える) 
     ↓
②「すみません」(相手への迷惑への共感(慈悲喜捨の悲)

という順序で組み立てること。

理解のない「すみません」は意味がないし、
理解を促さずにただ自尊感情だけで「あやまれ」というのも正しくない、という話。


○最後は、期せずしてシリーズのまとめみたいな話になった。

仏教とは、あたりまえの現実をあたりまえに生きていくための智慧 にほかならないこと。

もし心に痛みがあるのなら、その痛みをなくする方法(考え方)を学ぶこと。

考え方を学んで、実践して、なんどもなんども振り返り、考えこみ、

その痛みのもととなっている出来事(たとえば過去)を思い出しても、心がいっさい反応せず、自分があたかも“別人”になったかのように、一切の出来事から切り離され、自由になって、今日一日によろこびを感じられる心にかわること――。

この人生で抱えこんだ苦しみ・課題というのは、
必ずこの人生の中で解決できる。

それこそが仏教における“希望”だ。

あたりまえをあたりまえに生きて、
この与えられた人生、この自分というものを、さいごまで生き抜くこと。まっとうすること。

それは勝利とか敗北とか、成功とか失敗とか、特別とか凡庸とか、
そういう価値判断をいっさい超えているものである。

人生とは、いのちとは、本来、そういうものなのだ。

忘れてしまったのは、人間の中にわずらい(煩悩)をためこんでしまったからである。


ひとは、本来の姿に戻ればいい。

今さずかっているこの暮らしを、この命を、感謝して、肯定して、

ひととのつながりを味わい楽しみ、

季節の移ろいや、景色の変化や、
世の中にあふれるさまざまな動きのなかに、
自身にとっての小さなよろこびを見出して、

ただ日々を生きる――。

そういう、あるがままの日々をもって満たされるための 仏教 なのである。

この時代、この世界にあって、さずかった命をさいごまでまっとうすること。

それ以上に尊いことはない。

もしその途中で、苦難や喪失、疑問や課題に直面したら、
そのときは、けっして妄想や快楽にたよることなく、

正しく考えて、うけとめて、のりこえていくことだ。

(講座のなかであつかったけど、Dukkha:みたされなさ というのは、正しい理解のしかたと考え方によってはじめて解消できる。快楽・よろこびというのは、別の領域のものとして活かすものだと思う。)

のりこえて、心の自由を取り戻すことに、よろこび がある。そういうよろこびをめざせばいい。

それこそが 希望 なのではないか。


○私(くさなぎ龍瞬)は、仏者として何を信じているのか――

現実のなかに生まれた苦しみは、かならず乗り越えることができる。

かならず心は自由をとりもどせる。


その可能性を、私は 信じて いる。


その可能性を理解してほしくて、仏教を伝えている。

この場所で説く仏教とは、そういうものだ。希望にみちた仏教 である。


◇次回12月8日の午後の部と夜の部が、2012年総集編。年内ラスト。

内容はちがうので、2コマ参加していただくことも可能です。たっぷりお楽しみください。

そのあと、私はインド・ナグプールへ。

2月、3月に、今回の“仏教のきほんを学ぶ講座”PART2をやります。今回参加できなかった人はぜひどうぞ。

4月から、月に1度か2度の“仏教の本質を学ぶシリーズ講座”を実施。これは一年にわたるロングの講座です。

今回の6回というのは、やっぱり短すぎました(そもそも仏教は2500年以上の歴史があるのです)。

お稽古事でも、数カ月でモノになることはありえないよね。腰をすえてじっくり学ぶことで、心ははじめて育つ。

志(こころざし)ある方は、ぜひ通ってきてください。


めっきり寒くなりました。鼻とのどにお気をつけください。


新居用のグッズを100円ショップでお買い物したのが妙に楽しかったくさなぎ龍瞬でした♪