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インド帰郷1 奇跡の中へ

12月18日
バンコクからカルカッタへ。

カルカッタのアウラ駅から、ラケシュに電話を入れる。声を発せば、すぐに“ジャイビーム”の声が返ってくる。変わらぬ澄んだ声である。このあまりに広い世界の中でこれほどに誠実な友情をみつけるのは果てしなくむずかしい。インドで彼らに巡り逢えただけで、私の人生はめったにない奇跡を得たといえるのかもしれない。

カルカッタから18時間(夜9時55分発→翌日午後4時着)かけて、いよいよナグプールに到着。

GDI(GenuineDhammaInternational:私たちの組織)のメンバーが駅で迎えてくれた。3年半ぶりである。

ナグプールの街はほとんど変わっていなかった。駅前のオレンジ市場も、甚だ煤けた外気も、まったく気遣いというものに無縁に見える不躾なインド人のふるまいも(容赦なくホーンを鳴らし、啖を吐き捨て、埃の舞う中に料理を晒し……)。


車に乗って、最初に向かったのが警察署。警察署長が仏教徒で、メンバーの友だち。ふっくら顔の人のよさそうなおじさん。

(ちなみに後日会った州政府の役人たち(女性含む)も、みな人当たりがすこぶるよい。あとで聞いた話だと、みなマハール・カーストという不可触民出身だから偉ぶらないのだという。バラモンカーストの横柄さはこの南部マハーラシュトラ州ではほとんどみられない。この州の9割以上はマハールだそうだ。)


そのあと、GDIの学生寮へ。生活しているのは大学院生。法律専攻も文学や福祉専攻者もいる。大学講師をやっている男性が寮生の勉強を見ている。「1日13時間の勉強が義務」と壁紙に。朝3時半にはみな起きる。

「集中力を上げるにはどうすればいいか」「ひと前で緊張してしまうのだがどうすればいいか」といった質問が。

気づきMindfulnessの力を上げる、ひとに話そうとする(ひとを見る)のではなく、自分の内に向かって語りかけるようにする、といった話をする (このあたりは、日本での経験が役立ったか(笑))。

とにかく、みな敬虔・まじめ。この寮にいる青年たちは、郊外の貧しい村落出身者で、この寮がなければ学業を遂げることができないという。この寮の生活費は無料。建物のオーナーが全額支援している。そういう篤志家はこの地にはわんさかいる。


そのあとさらに、GDIのセンターへ。これまた3階建ての瀟洒な建物。こっちは公務員試験をめざす20代前半の女性たちが一緒に暮らしている。彼女たちも無料。けっこうな額をGDIのメンバーが負担している。最年長者のワスが言うに、

「今支援することで彼らは社会のリーダーになれる。そしたら、支援した分は十分返ってくる」という。

日本人が泊まれる部屋もある。GDIを最初に作ったウダサ村にもゲストハウスを建設中。


そして3年半ぶりに、ウダサ村へ。ここが私の第二の故郷(出家した身にすれば第一の故郷かもしれない)。3年半前はただの平屋だった建物が、110人の子供たちを抱える英語学校に変わっている。さらに6500平方ftの土地を借金してまで購入するという。

「今買っておけば、次の世代が使ってくれる」と40歳のワス。
「フォロワーはいらない。社会のリーダーを育てたい」
「ババサブ(アンベドカル博士)のおかげで法律はできている。あとはそれを執行する上層の公務員を育てたい」という。

なんというか、鋼(はがね)入りの情熱なのである。


想像以上に、メンバーの活動は先に進んでいた。土地購入にあと20万ルピー(32万円)足りないという。「トライ、トライ、トライ(とにかくがんばる)」と笑っている。日本から持ってきた寄付金は15万円。1年カンパを募ってけっこう集まったと思っていたが、こっちに来てみると……(笑)。


とにかく、動きが大きい。速い。これがインドの友たちである。20年前にババサブの本を読んで、弟ラケシュたちを教育し始めた最年長者のワスは、時間があるといろんな場所に出かけて人に会いネットワークを広げている(その活気あるつながりぶりはフェイスブックの比ではない(笑))。ラケシュはウダサ村の自治会長として広い人脈と影響力を持っている。その親友のディパックは、独学でカレッジに進み法律を学んだ。佐々井師の秘書を務めたこともある。

彼らを中心として、ナグプールにはインド社会の改善をめざす仏教徒たちの幅広いネットワークがある。弁護士も会計士も州政府の高官も警察署長も医師の青年団も学校・研究所・大学の経営者もいる。

ナグプールに身を投じれば、瞬く間に、彼らとつながっていることを知る。彼らはダンマを求めている。

ダンマ(法・真理。仏教の別称)とは、彼らにとって、インド社会を効果的に変えるための知慧であり、心の支柱である。

この命に求められている役割は、ダンマを語る口であり、ダンマを実践する身である。

かっちりとこの身がピースとして埋まるのを知る。


これが龍の街ナグプールでの初日である。


※“うまい棒”は学校の子供たち(3歳から5歳)に無事配布。喜んでました。○○さん、とってもありがとう(^▽^)9

※この地と日本とがちがうのは、人々の社会改善への情熱と行動力かもしれない。たとえばナグプール市役所の福祉課長の女性は、二人の知的障害児を抱えたことをきっかけに自分で障害児用の福祉施設を立ち上げた。さらに古代のナーランダ大学のような仏教の総合大学を作りたいと語っていた。おそらく世の中をよくするため、人生に意味を持たせるために、やれることはたくさんあるはずなのだろう。それを見つけようとするか、行動しようとするか、という発想(生き方)の問題ではないか。

情熱と想像力と行動と――この地で出会う人々にはその三つがある。日本人は、できることを始めるより、できないことを数えたててフタをしてしまう発想に慣れているのかもしれない。