仏教講座スケジュール

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さてさて、(事務所整備中)


さてさて、

帰国して実感していることだが、

私はひとと関わらなければ心が駆動しない生き物である。

インドから帰ってきて一月一杯は文筆に専念しようと思っていたのだが、

結局、外で講座のある時間以外は、書棚を作ったり家電の買い出しに行ったりという新居の「巣作り」に時間を使っている。


(その心境は、試験の前日になぜか部屋の大そうじをしはじめる学生に似ていなくもない。なんとな~く逃避行動、である。)

なぜ今、巣作りなのか、といえば、たしかな理由があるのである。

出家して日本を離れるときに、私は家財のいっさいを処分した。いわば正真正銘の無一物、ド素寒貧となって、バッグひとつで海を渡ったのである。

以来その延長を生きていた昨年までの二年間は、ほんとに何もない状態であった。

今新しい場所に引っ越してきて、電気ポットをいただいて、「な、なんという便利!」と驚いて、そろそろ石油ストーブやら(まだなかった?)冷蔵庫やら電子レンジやらをそろようかという段になって(かなり恐るおそる(笑))、

「ほんっとに、自分、なんにも持ってなかったんだな~」

と実感して笑っちゃうのである。

もとより出家僧に持ち物、まして家電なんぞいらないはずなのだが、ただこれから日本で実のある活動(売れる本を書くとか(笑))をするためには、日常の生産性を上げなければいけない。

本棚もしつらえて、本を借りこんでどんどんバリバリ読み込んで、言葉を増やして、ひとさまにもっと心深く熱く届く本や語りを届けねばならない――なんて意気込んでいるのである。

さすれば、この「なんにもない」事務所を、「ちょっとはある」状態に持っていく必要があるのである。

目安は、三日間こもっていても生命活動を維持できる環境をつくること、である。

今年で活動3年目――がんばらねば、なのである。

過去2年間は、かなりのグッドラックにめぐまれたような気がする。

多くのよき人たちにめぐり逢えたし(感謝)、
教室もさずかったし、
本も出せた。

ただ、この幸運がこれからも続くとは思っていない。もしかしたら、ここから先が“わが仏道の氷河期”なのかもしれない、なんていう妄想も可能なのである。

ただ、妄想するなら、明るい、あったかい方向で思い描いたほうがもちろんよいわけで、

今年は、季刊誌を出して、文章も絵も書も書いて、
もっと人々と出会い、交わり、
しあわせの黄色い花をおたがいの心に咲かせたい、なんて思うのである。

理屈でかためるのではなく、情にしみる味わいあるよき本を出したいとも思っているし、

仏教を、もっと普遍的な、
明るい希望を人々が心にジェネレート(発電)できるような、
より開かれた魅力的な教えとして、広めたいとも考えている。

仏教は執著をいましめるが、
よき方向性への執著、というより正確には、よき方向への決断・選択、はあっていい。

私は、もっと善く、新しく、明るく、あたたかな未来へと、この命を活かしたい。

たとえるに、厳寒の枯れ野原にあって、その地を、愛らしい野の花咲く春の田へと変えていくような生き方・活動をしたいのである。

それは、インドの地においても同じ。

苛烈な現実のなかにあって、おのれの人生をよき方向へと変えていく情熱の火となるような仏教を、彼の地に伝えていきたい。

私は仏者として、仏教を、

人々の現実に真に役立つ思想・方法へと組立て直す責任と義務を負っている

――自意識としてではなく、心の働かせ方・転がし方として、そういう感慨がちらと湧いてくる。

この新しい場所に立って、こう感じるのである――

生きとし生きるものはみな、幸せであれ。

この命は、そのためにこそ余生を尽くそう。


ということで、事務所の整備中。
2月2日から、神楽坂の教室、はじまります。