仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
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”本質”を学べば見え方がかわる?(春の講座スタート)

2月3日

2月2日の初ライブに来てくださったみなさん、
どうもありがとう。

再会できた人もたくさんいたし、新しく出会えた人もいた。

最後にあいさつしそこねた人たちがけっこういました(毎回思うところですが)。
改めて、

「よう来てくれました。

今年もよろしく。

よい一年をつくっていきましょう、おたがいにね」

今年もきっと、今はまだ想像もしない、あたらしい出来事がたくさんやってくるのでしょう。

そのあたらしい出来事を楽しくせつに味わえるように、
“今よきこころ”でいるように心がけようではありませんか。

蛇足ですが、最近の私は“家電ブーム”にハマっていて、
こないだ来た石油ストーブに感動しました。「なにこれ?」(大文字)を7回くらい連発。

それくらい心づよくあったかかったのです。(あたらしい出来事?)

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さて、興道の里の2013年もいよいよ本格スタートであります。

●2月9日(土)から 仏教のきほんを学ぶ講座(全4回)

仏教の大元(本質)をつかんで、そこから知識や実践という「枝葉」を広げていってもらおうという趣旨の講座。

まずほとんどの仏教書というのは、枝葉末節の細かい部分に引きずられてます。むずかしいわりに全体像が見えてこない。だから、いざ日常シーンで使おうと思ってもなかなか使えない。

本質・基本・土台というのは、やっぱり大切なのです。
では仏教における根本とは何か。そこをはっきりさせることです。

これは簡単なようでいて、けっこう難しいのです。

たとえば、心を育てる・はたらかせるという実践的な目的と、ただの理屈・知識を追いかけるというのは、ちがう。
でも理屈を追いかける人にとっては、その二つの見分けがつかない。

また、仏教の伝統や宗派みたいなものに漬かってしまっている人たちには、他の領域に通じないだけに、自分が漬かっているどの部分が、他の伝統や宗派に共通する、ほんとの根っこの部分なのか、ということが見えない。

さらには、目の前の現実と、アタマの中だけの想念との区別がつかないことも多い。

ただ、本質というのはつねに、現実のなかで活かせるもの、
現実との関わりの中で浮かび上がってくるもの・磨かれるもの、なのです。

だから現実にも、想念にも、ひとしく通じる心・眼が必要なのです。

平たく言えば、現実との関わりのなかで、正しく(≒問題・不幸をためないように)心をはたかせる必要がある。
その 「正しい心のはたらかせ方」 にダイレクトに役立つ部分が、たとえば仏教の本質というもの。


だから、仏教を学ぶなら、おおもとの本質部分(正しい心のはたらかせ方)に焦点をしぼって学ぶことなのです。


理想は、こういう本質部分をきっちり学べるような、

その本質を論理的に、現実との関わりの中で活かす、その活かし方が見えてくるような、
本や場所で学ぶことです。

その理想にどこまで近づけるかわからないけど、この場所はそういう方針でやってます。

仏教の全体がみるみる見えてくる!というのは、本当です。一度体験してみては?


昨年秋からつづけて通ってこられるのは、もちろん歓迎です。

というか、道というのは、学び続けないとね。

(内容はその都度変わってきます。当たり前だけど)


●3月30日(土)午後1時~ 寺子屋・無料相談会 やります。ひとり約30分。要予約。

仕事、家庭、人間関係、将来のこと――なんでもかまいません。
話してみたい・聞いてみたいと感じることがあったら、お気軽にいらしてください。

その他の講座は、スケジュールページをご覧下さい。

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ひとはいつもクリアな心でいなくちゃ、ですね。

「心が澄んでいれば(怒り・妄想・貪欲がなければ)、ものごとを正しく見ることができます。

 正しく見る(理解する)ことができれば、まずほとんどの問題は問題にならなくなります。」

この言葉、シンプルだけど、すっごーく深く広い意味を持っています。仏教の究極。

仏教の知識が、ぜんぶこの言葉に集約している、というかバックグラウンドで作動しているような感じ。

ふとした瞬間に、それまで言葉だけだった仏教が、現実の人生・世界を見るための”前提”(土台、心のフィルター)となるときがあります。

「あ、そっか! こういうことか!」みたいな。そこから先は見え方が変わる。

そういう瞬間を迎えるためにも、日々学びつづけましょう。