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ブッダの誕生日に何を考える?

今日は、4月8日。
日本では釈迦(ブッダ)の誕生日と一般には言われてますね。

ただ、インドの昔の暦では違っていたそうな。
2月という説もあるし、南方仏教国では5月(ウェーサーカ祭として祝う。仏教の祝祭日として国連も認定)。

◇ひとが生れたことの影響力の大きさというのは、ブッダにかぎらず、ひと一人ひとりにありますね。

あのひと、自分、が
生まれたこと、生きていることが、今あるすべてのつながり・関わり、今生きている世界の出発点なのですから。

「もしあのひとがいなかったら・・・・」と仮定してみてください。
「あの時間・ひとときがすべてなかったら」と。
人生はおおきく変わるはずです。想像もできないくらいに人生は変わるでしょう。

同じことは、自分がいなかったとしたら、という場合でもいえる。

「あんなひと、いらん」と思うひともいるでしょうが(笑)、
むしろ関係をあるものとして肯定したうえで、どう受け止めるか、関わるかを考えていくほうが正解なのかもしれませんね。

「関わりそのものに苦しみはなく、苦しみを生み出す心にこそ原因(ひいては、変わりうるためのきっかけ)があるのだ」
というのが、
仏教の伝統の中で繰り返し伝えられてきた真理。

日本でメジャーな「般若心経」も、そういうことを(ほんとは)伝えています。これ、4月からの講座で紹介したいと思っています。


◇人間は、偉大な先人の誕生日を祝うことが好きだけど、
ブッダの誕生日をただ祝ったところで、あんまりブッダの意向に沿うことにはならないだろう。

ブッダの誕生日というのは、私はもう少しちがう意味で受け止めたい。

むしろ、はるかなる太古のインドに、ひとりの、特殊な、それまでとはちがう発想で生きて、ちがう真実を見つけた人がいて、

その人の教え・思想が、なぜか、奇跡的に、2500年以上ものちの時代、つまりは現代にまで言い伝えられてきて、

その教えの一端にふれることができる、「この因縁て何なのだろう?

なんて考えてみるのもよいと思う。

その因縁が生きるも死ぬも、すべては、
その因縁の片側に立っている自分自身の受け止め方にある。

自分自身が、はるかなる因縁の向こう側に立っていた、ひとりの人間の教え・思想を、どう活かすか、なのだ。そこが大事。

自分自身のために活かせ。

この因縁を、最大限、活かせよ、生きよ。

そのことで、この因縁が、だれか途方もない彼方・昔に生まれたひととのつながりを、

唯一、たしかに意味あるものとしてリバイバル(蘇生)することができるのだろうと思う。

それは、かつて生きていた人との因縁を生きること。

つまりは、その人と今一緒に生きること。

因縁(つながり)の尊さこそを想い、そのつながりの奇跡を、
今自分が正しく生きるための源・よりどころ・希望・エネルギーとして活かす。

それこそが、ブッダの誕生日にとどまらず、

自分が知るだれかの「誕生日」に思うべきことであり、

先立たれた誰かとともに生きるための、ひとつのよき方法なのだろうと思う。


誕生日なるものの意味がたしかなものになるのは、

そのひとが生まれてきたという事実をうけとめ、

そのひととのつながりをよくよく感じ取り、

そこに感謝とか、そのつながりを一緒に生きようと願うこととか、

そのつながりをきちんと自分自身のために活かそう、ともに生きよう、

と願うときだと思う。



※「仏教の学校」のくわしい告知はhttp://genuinedhammaintl.blogspot.jp/2013/03/blog-post_24.htm
※日程は http://genuinedhammaintl.blogspot.jp/p/1011.html