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よき人生のつくり方~秘訣は●●●にあり

こんばんは、くさなぎ龍瞬です。

昨日の講座は思わぬ時間切れとなってしまい、私の中ではかなり執着が残る結果となってしまいました(笑)。

前向きなオチを考えていたのにそこまでたどり着けず・・・(次回かならず)という感じです。

昨日のおさらいも含めて、「業」(ごう)について理解の仕方をまとめてみます。
(人によってはカルマと呼んでもらってもいい。誤解を招きやすい呼び方ではあるけど)

業の正体

業というのは、人生を「つくりだす力」。

悪い業というのは、三毒(貪欲・怒り・妄想)で反応したときの、意(思い)・言葉・行いのこと。

それらに対する「他者の反応」もまた業になる。

つまり 業=(貪欲・怒り・妄想)×(思い・言葉・行い)×他者の反応 

というのがひとつの定式(論理的な表現じゃないけど)。

たとえば自分が何かミスをしたとして、

もし相手が許してくれたり、忘れてくれたり、気づかなかったりすれば、自分のミスは「作り出す力」としては弱くなる。

でも相手が、こちらのミスに腹を立てたり、勘違いしたり、オーバーリアクションしたりすれば、逆に自分のミスが小さくても「作り出す力」は強くなる。

つまり業のチカラというのは、相手との関わりによっても変わってくる。

だからよくよく相手の反応をも考慮に入れて、言葉を発したり行動したりする必要がある。

(この点で、大阪市長さんや都知事さんや、その他失言・暴言を吐いてしまう政治家さんというのは、自分の言葉への他者の反応をあまり考慮していない点で、やっぱり問題がある。未成熟とか独善的とかいろんな形容は可能だろうけど、仏教的に言うと「正しい思考」が身についていない。その結果、悪い業を作り出してしまってる。)


悪い業をつくる関係に注意


「業というのは、相手との関わりによっても作り出される」というのは、仏教の重要な教え(大乗の発想ですけど)。

だからもし、自分の人生をよい方向で作っていきたいと思うなら、悪い業を生んでしまうような相手との関わりには慎重になる必要がある。

相手がどういう業の持ち主なのか、冷静に考えてみる。

もし相手の中に、根の深い怒りや、過剰な欲、あるいは暗い妄想(深い後悔やひとへの疑いなど)があると感じるなら、そういう相手との関わり方をよく考えよう。

慈悲の気持ちを向けられる(あるいは反応しないように努められる)なら、まだ関わっていけるかもしれない。

でも、もし相手のそういう業に巻き込まれてしまって(反応してしまって)、自分も相手と同じ種類の業を作り出してしまうようなら、

そういう相手と関わる意味が本当にあるのか、冷静に考えてみよう。

場合によっては、距離を置くこと・時間を置くことも大切になるだろう。
(たとえば親? 恋人?)


気づきが大事

ただ、決定的に大事なのは、「業を作り出すのは自分自身」ということ。
その報いを受けるのも自分自身。

もしふだんの自分の中に欲だの怒りだのイケナイ妄想だのがあれば、それは刻々と悪い業を作り出していることになる。

こういう悪い業に対しては、「よ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~く気づく」ことが一番大事。

「すぐに消す」ことはあまり期待しなくていい。

それより、自分の中の悪い業を冷静に、正面から気づくようにする。

「あ、怒っちゃったよ、これ業になっちゃうかな?」と自分に問いかける。

「今、わたし、あの人にこういう思いを持ってるけど、これって妄想かもしれない。この妄想をそのままにしちゃうと悪い業になっていくだろうな」と気づく。

もしその業を外に出してしまえば、必ず相手のリアクションが来る。業は決定的になってしまう。

だから、怒りや妄想といったよからぬ思いが湧いたときは、「あ、ちっちゃな業が生まれた」と気づいて、「止めなきゃ」と意識する。

湧いた瞬間に気づけるようになるのがベスト(そうなるには禅が効く)。

もし湧いて大きくなってしまったら、自分の行動・言葉・思いによく注意する。

言わなくていいことは言わないでおく(沈黙こそが最上の言葉)。
行動しなくてすむことは行動しない。我慢する。距離を置く。

ここはガマンのしどころ。業が強い人ほど、ガマンが必要になる。


マイテーマとして業に向き合う

はっきりお伝えしておくと、業のチカラというのは凄まじい。
ほんとに「人生を変えたい」と思うなら、地球の重力に逆らって外に飛び出すくらいの馬力が必要になる。

ただ、だからといって業を恐れる必要はない。

業を「自分自身のテーマ」として向き合っていけばいい。一緒に生きていけばいい。

たいていの人が、「マイテーマ」となる業を持っているはず。

怒りっぽい人なら、怒りの業が「マイテーマ」になる。

「これが自分のテーマなんだ。気をつけていこう。自分の心をよく見張っていよう」と心がける。

つい妄想しちゃってひとに迷惑をかけることが多い人は、「わたし、妄想がテーマなんです」と認めてしまう。

それに残された人生の中で、じっくりと向き合っていけばいい。

業というのを、自分のテーマとして受け入れて、そのテーマに取り組むつもりで生きていこう。

たぶん抜け出せる。
上手に向き合えば、たいていの業は苦しみにならなくなる。

それが仏教が与えてくれる希望。

次回は、その希望についてじっくりお話したいと思います。
「善き業のつくりかた」について考えます。

6月1日(土)午後6時半~ 座禅エクササイズ
6月8日(土)、12日(水)  仏教の学校・春クラス第4回 善き業のつくり方

では
明日からの一週間、「善き業(カルマ)づくり」を心がけてすごしましょう(^ ^)9。