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業の話2――人生をつくっているのは自分自身


●業(ごう)の話のつづき――
業(ごう)というと、ひとを不幸にするあらがいがたい力、といったイメージがある。

古い仏教では、宿業因縁、前世の業といった表現。

あなたの人生が今しんどいのは、前世の業(自分が犯したあやまち)なんだと彼らは言う。

(多くの宗教には、その業を清めたければ、お布施しなさい、お祓いしなさい、この○○を買いなさい・・・といったご親切な誘導まである。たいていの宗教は説く側の過剰な利益につながっている。つくづくひとの不安という名の妄想を利用したビジネスモデルである。)

しかし、本来業というのは、「心がけと言葉と行動」である(身・口・意:しん・く・いの三業と呼ばれる)。


○業を理解する上で、いちばん大切なのは、

業とは自分自身がつくりだせるものにかぎられる、ということ。これは大事。

思いも言葉も行いも、みな自分自身が選んで、つくりだすものだ。
そして、それらが、これから先の人生を作っていく。

もちろん、過去の思い・言葉・行いも、今の自分をつくっている。

ほんとは過去の一切は消え去るものだけど(無常)、
思いは繰り返し心に出てくるし、
発した言葉は自分の心に影響を与えているし、それを誰かが覚えていれば、その誰かとの関係でその言葉は必ず力をもってくる。
行いもそうだ。行動は今の自分に影響を与えるし、ひととの関係をも形作る。
その意味で、過去の「業は消えない」(仏典の表現)のだ。

しかし、これは救いなのだが、いかなる業もけっして永久につづかない。

(無常という性質は、ものごとを考える上での大前提にしてしまっていい。)

過去の業は、時間とともにうすれていく(自分も他人もうつろいゆく)。

しかも、新しい業は自分自身の意志によってつくりだすことができる。

(「業とは意志である」というブッダの指摘は、おそらくこういう文脈から出てきたのかもしれない。)


●業を自分自身が作り出せるとすれば、肝心なのは、

今自分が何を思い、語り、行っているか、こそである。

より正確に言えば、語りも行いも、思いから発するのだから、自分自身の「思い」こそを見つめればいいことになる。

その思いが、怒りや貪りや、この二つを生み出すような悪い妄想であれば、それは「気づいて」リセットすることだ。

これは自分自身の心がけ。仏教は、「気づいてリセットしなさい」という根本メッセージを送っている。それはありがたく活かしたいと思う。

そして、もうひとつ肝心なのは、自分にとって、よろこび、希望、やる気、元気が出るような、よき思いを育てること。

それを、譬えば「火」と呼ぼう。自分の心という「薪」に熱を作り出してくれる火である。

(つづく)