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人生をつくりだす2つの力

最近思うこと(業の話のつづき)

業というのが、人生をつくりだす力だとしたら、
その力には善いものも悪いものもある。

●善い力(善業)には、人への感謝・敬意、謙虚さ、つつしみ、慈しみ・・・といろんなものがある。

面白いことに、そこに共通するのは、ひととのつながりをうまく運んでくれる作用を持っていることだ。

ひととのつながりを大切にすること。つながりを育てること。

そのことがそのまま力になってくれる。

誰だって、自分ひとりでできることなんてまずないのだから(ここは人生への理解としてとても大事なところだろうと思う)、自分の前につながりを置くことなんだ。

つながりが善ければ、自分の人生がうまくいく可能性が出てくる。

つながりの善さこそが、自分の人生がうまくいく必須の条件なのだ。


○世の中を見渡してみても、自身が納得いく人生を送っている人というのは、みな人柄がいいように思う。

(なぜかNHKに出てくるタレントさんたちが思い浮かんだ(笑)。みな温厚ではないか。)

彼らはひととの関わり方をとても自然にわかっている。

けしてひとの悪口とか怒りや恨みの言葉を発しない。礼節があって、笑顔でいる。

当たり前だけど、そういう人柄のひとにひとは近づく。

というか、悪口とか恨みとか怒りとか愚痴の言葉を発する人には誰も近づきたくないだろう。


○私たち人間が哀しいのは、ときにひとが近づきたくないと思うような思いで一杯になってしまうこと。

頭の中で怒りや妄想や欲望を募らせてしまって、その毒が全身から溢れ出す。

それでもなお、自分は正しいんだ、自分は当たり前のことを言っている(やっている)んだと思っている。

そして、運に恵まれないことを他人のせいにしてしまうんだ。



○自分の心がそのまま結果を引き起こすというのが、仏教が教える業の法則。

もし現実に難があるとしたら、そのとき真っ先に考えるべきなのは、

「自分の心で変えられるところはないのかな?」ということ。

「いまできること(よい方向に人生を運んでいくこと)は何かな?」 
と考えてみることではないのかな。

外の世界をみるより、足元を見てみるほうが、たぶん近道なのである。

たとえば、通りのゴミの多さを嘆くより、自分の部屋のゴミを掃除する方が近道。

もし部屋はちらかりっぱなしで、通りのゴミも嘆くばかりで何もしないとしたら、その姿はかなり滑稽。

でも滑稽なことをしている場合って、意外なくらいに多いのかもしれない。


●最近、滑稽な人をけっこう間近に見た。「自分が見えてない」人。

自分もそのひとりかもしれない。自分を正しく理解することは簡単なことじゃないから。

少なくとも自分を正しくみることの難しさ、みえないことの危うさは自覚しておきたい。


「足元(自分の心)できれいにできるところはない?」と自問しつづけたい。