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みちのく旅日記3 ~大川小学校

5月31日

雲ひとつない空! 3日めにしてようやく陽光照る石巻が見られた。

田んぼはちょうと苗を植えたあたりで、きれいな水が張ってある。
この地は小高い山や丘がいたるところにあって、それぞれに若々しい緑をまとっている。

山の色がやさしい。緑が微妙に色を異なえて山肌を覆っているので、色の変化に富み、目で追って退屈しない。南アジアの常緑とはちがう。彩り豊かで、しかもやさしいのである。


たとえばこんな山並み。手前は高校。
●異質の場所

車で北上川沿いにしばらくいくと、異質の色が目に飛び込んできた。そこだけがどことなく黒い。

「あれが大川小学校ですよ」

そこにあったものは、校舎というより、コンクリートの痛ましい残骸だった。

黒板などが残っていて、よくよく目を凝らせば学校だったのかな、と思うくらいの形跡はあって。

でも太いコンクリートの柱はみにくく歪んで倒壊して、厚いコンクリートの中に収まっていたであろう鉄筋が外から差し込まれたかのようにむき出しになっていて・・・・・・。

外は復興作業が急ピッチで進んでいて、この北上川沿いの道もひきりなしに大型ダンプが走っている。そして今日この日の快晴と新緑のまぶしさ。しかし。

この場所だけが色が違う。時間が止まっている。

一番心をえぐったのは、小高い山がすぐ目の前にあったこと。

本当にすぐそばにある。山に面した学校といってもいいくらい。


この山に登っていれば、74人の子供たちは助かったのかもしれない――。


誰もがそう思う。そして瞬時に想うのである。


なんで逃げなかった――?(この場所に集まって何をしていた?)


これはご遺族にとってはたまらないであろう。すぐ目の前に山はあって、30分もあれば全員山の中腹あたりまでは少なくとも登ることができただろう。山のすその木が今も横倒しになっていて、津波の高さを物語っている。ただその高さは逃げられないほどの高さではない。

逃げることは簡単にできた。なのにそれができなかった(しなかった)――

という、人にとって一番深く激しい悔いと悲しみとなって残る思いが、この場所に立つと激しく湧き上がってくるのである。

これはたまらぬ、と思った。奥の方に慰霊碑があって、そこには高齢の人の名もあれば、幼子の名もある。十歳、七歳、五歳、三歳――。これは小学校の生徒さんたちではなく、この大川地区で遊んでいただろう子供たち。

小学校の敷地内は立ち入れないようになっている。その外を歩いてみる。壁に描いた子供たちの絵。銀河鉄道。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない 宮沢賢治」。手をつなぐ世界中の異なる衣裳の人たち。




破壊されたコンクリート。倒壊した通路と思しきもの。濁流に流されむき出しになった天井の骨組み。

一体どれほどの力が働けば、この頑強だっただろうコンクリートの校舎がここまで歪められるのか。


二階には教室の黒板と掲示版とが残っている。

この場所で子供たちは、昨日集会所に遊びに来た子供たちとおなじ無邪気さと将来への信頼をもって明るく遊んで学んで、今日一日をこころとからだいっぱいに生きていたのだろう。

その姿を思い描けば描くほど、言葉にならない感情がこみあげてくる。

ましてその子供たちを、自分の子供として生み育ててきた親であれば、もはやその想いは、どうにも言葉を超えている。

この向けどころのない思い・感情をいったいどうすればよいのか、自分自身にもまったくわからないのではないか。


この場所に立つと、言葉を失う。ただ涙をもってすごすしかない場所である。


かつて広島であの悲しい出来事が起きたとき、日本の人々は「安らかにお眠りください。あやまちは繰り返しませんから」と唱えた。

だが、この場所ではそのような言葉は出てこない。「あやまち」というのは、子供たちのあやまちではないである。かといって現場にいた先生たちもまた、もうこの世にはいない。残された大人たちの至らなさをあやまちとして責めるか。ただ、責めつづけたとしても、子を失った感情は洗い流せるわけではけしてないだろう。


思いの行(ゆ)き場が、見つからないのである。

学校前の広場。慰霊碑。そして山。