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帰ってきたら松崎しげる?(インド活動報告記)

完成間近の浄水装置。村人が集まってくる。インド・ナグプール近郊のウダサ村にて。
7月30日 
インドから一週間ぶりに帰ってきた。鏡をみたら、かなり日焼けしていた。松崎しげるを思い出した(愛の、甘いなごりに~♪)。

○今回は、いろんな喜びがあった。

ひとつは、小学校の建設が始まっていたこと。ちょこちょこと日本からもいろんな人のカンパが寄せられて、ウダサ村の外れに用地を買ったのがここ数ヶ月の間。そして今、レンガ造りの校舎が建設中。

もうひとつは、昨年秋から進んでいる浄水プラントの建設が、今回の訪問で大きく前に進んだこと。

日本ポリグル社の、ほぼほとんどの汚染物質を除去できるという魔法みたいなパウダー(粉)を使って、現地の人々に安全できれいな水を提供するプロジェクトが進んでいる。

なにしろ、これまでは製鉄所の排水混じりの水を使うしかなく、ここ数年、村では深刻な健康被害が出ていた。

もし、この「魔法の粉」で、村人が安全な水を手に入れられるようになるとしたら、これは奇跡のような出来事。

今回は、その奇跡を実現するために、大きめの装置を作ることが目的。
技術者の方に入ってもらって、1日に2トンの浄水を作れる装置の作成に着手した。

●前回訪問したときは、五月の乾季で浄水用の水が手に入らなかった。雨季は、雨が多いから水を採ることは難しくないと思っていた。ところが今度は、その雨で道がぬかるんでしまって搬送車が移動できなかった。

ほかに方法はない――私たちNGOのメンバーが、バケツに水を汲んで、一つ一つ、学校用地内の装置予定地に運び込んだ。私もぬかるみに足を取られながら、雨のなか水を運んだ。日本では当たり前のように手に入る水の確保が、この場所ではこんなにも大変な作業になる。

雨の中、浄水タンクを置く土台の工事から始める。レンガとセメントを交互に重ねて、段差のある三つの台をつくる。

そこに、直径1メートル以上ある1トンタンクを4基おく。パイプをつないで、水を通せるようにする。

一基めは、汚れた水を、ポリグルの浄化剤をまぜてきれいにする攪拌槽。ここで水の中の汚れが浄化剤と化合、凝集して、おおきな塊(だま)になって、沈殿していく。

二基めは、その水を濾過するタンク。下に小石、その上に木炭、そして砂利をしきつめて、その上に一基めで処理した水を流し込む。水にまじった汚れただまが砂で濾過されて、きれいな水が、三つめ、四つめのタンクに入っていく。その水に塩素を加えて殺菌処理する。

●そして蛇口をひねってみる――すると出てきた。透き通った水が。

帰国する当日は、朝から突貫工事で装置を完成させた。その日の午後六時には村を離れなければいけない。午後3時半に、ラケシュが帰ってきた。ナグプール市内を走り回って、水を詰めるペットボトルをようやく探し当てて帰ってきたのだ。集まってきていた村人みんなが拍手で迎え入れた。

その1リットルペットボトルに、できたての浄水を注ぎ入れる。ボトル越しに見える水は透明で、市販のペットボトルの水とまったく見分けがつかなかった。NGOのメンバーも、村人たちも、みな歓声を上げた。

水の浄化プロセスを技術者の方に説明してもらって、作業がぜんぶ終了したのが午後4時半。

○ここから、私は、時間が許す限り、できたての浄水を、村の家庭に配って回ることにした。

装置見物に来ていた村人たち(特にご婦人たち)が、詰めたてのボトル水をもって、村の中まで歩いて運んでくれた。そのときの村人たちの雰囲気がとても嬉しそうで明るくて、私は、この水プロジェクトが形になってほんとうによかったと思った。奇跡のようなご縁によって、こうして日本の浄水技術が、インドの小さな村に花を咲かせようとしている。

ラケシュと数人の子供たちと一緒に、まずは村の自治会長の家へ。今回の水プロジェクトの目的、浄水の安全性を説明して、村での配布の許可を求めた。会長さんは快く承諾してくれた。

それから、ボトル水をもって、各家庭を訪問。川の水(白濁)、村の公共タンクから供給される水(もっと白濁)、市販のペットボトル、そして今回つくった浄水のボトルを見せた。「ちがいがわかりますか」と聞いてみる。みな「わからない」Samaste nahin haeと笑う。

これは日本の最先端の浄水技術でできた安全な水です、あなたにプレゼントしますから、食事やチャイに使ってみてください、と手渡した。みな嬉しそうに笑った。

時間がなくて、配れた世帯数はわずかだった。でも、こうして村の家々をまわって浄水を手渡すのは、かなり効果があると感じた。村人の多くは、乾季の水不足、そして久しくつづく水の汚染に悩まされてきている。日本の技術でできた浄水についても、その安全性に不安を感じる人々が少なくない。

そういうひとたちに、日本人の坊主が直接ボトル詰めの水を手渡して、安全性をアピールするのだ。目の前でキャップを開けて飲んでみせることもする。この方法は、けっこう効く印象をもった。次回戻ってきたときも、この続きをやろう。

●最後のミーティングで、現地のメンバーたちに伝えた――この一週間よく働いてくれた、深く感謝している、と。朝八時のミーティングから始まって、雨の中、泥にまみれながら作業をした若者たち。基本的に彼らはボランティアでやっている。地元のために意義あることをする、という方向性をみなみごとに共有している。これだけまとまりのある、志の高いチームを、私はまだ世界のどこにも、ここ以外に知らない。

午後6時半、8時50分発の飛行機にぎりぎりの時間に車に乗り込む。村人が総出で見送ってくれた。この村をはじめて訪れてからもう7年になる。来るたびに顔なじみが、子供たちにも老人たちにも増えていった。学校の前を通り過ぎると、子供たちが「バンテジー!」(お坊さん)と高い声をあげて手を振ってくれる。犬の友だちも増えた。近所の犬サンディまで見送りに来てくれていた。

今回のもうひとつの喜びは、村人たちにすっかり溶け込んだ自分を発見したことだった。距離がずいぶんと縮まっている。そしてみなが友情をもって接してくれる。私は村での生活にすっかり慣れてしまった。誰かが食事を用意してくれるところなんか、日本での生活より快適かもしれない。

なんなのだろう、この奇跡は。インドのど真ん中、マハーラシュトラ州の龍の街ナグプール――2006年九月末に日本を離れるときは地図の上の小さな点でしかなかったこの地に、これほどのあたたかな関係を築けるなんて。

●今回は、きれいで安全な飲み水をウダサの村人に提供するという大きな仕事に貢献できたような気がする。言うまでもなく、これは私自身の仕事ではなく、日本ポリグル社の技術と厚意、お世話になっている日本の関係者の人たち、そして最高の働きをしてくれた現地メンバーと村人たちの成果である。私は、彼らのうつくしい目的と働きとの間にあって、彼らがつながるように働いただけである。ただ、出家して七年たって、ようやく、たしかにひとの役に立つと思える働きができつつあるような思いが湧いた。私自身は、今回の自分の働きに納得している。納得できるような生き方ができるようになった。その今をうれしく思うのである。

もしかりに私が明日いなくなっても、この水はこの村にずっと続いてくれるかもしれない。続いてほしいと思う。

私の胸に灯(とも)る思いは、今もなお青いままなのである――

もっと、もっと、たしかにひとの役に立つと思える働きをしたい。
ぎゅっ、ぎゅっ、と新しい価値を詰めこむように、有意義だと思える、ひとびとが喜ぶ仕事をしたい。

ひとの役に立つこと、ひとの幸せを願って、願って、願い尽くして生きること――それ以上の道があるだろうか。

夜明けに、青年たちが十年前に作った図書館のなかをのぞいた。青年たちは図書館のなかで仲良く眠りについていた。この子たち、彼らがこれからも幸せであるように、と自然な願いが湧いてきた。結局、この命は、彼らのために何かをするために、彼らの幸せにかすかにでも役に立てるように、この場所に立っているのだと思った。この思いが、この命をこの村にひきとどめている力なのだと感じた。

最近、私はとくによく思うのである――私は、すべての命に幸せになってほしいのだ、すべての命の幸福を願って、願い尽くして、そのためにこの命を使い尽くしたいのだ、と。

この願い以外の思いは、究極のところ、ゴミのようなものではないか。

空港で、青年たちに手を振った。
「われわれはベストのチームだ。ジャイビーム!」 We are the best team! Jai beem!


○で、帰ってきたら、顔が焼けていてびっくりした。曇り空つづきだったので油断していたが、インドの夏の紫外線ははげしいのだった。

私の胸にしっかり刻まれたもの――いうなればそれは“喜びのメモリー”である。

この胸のときめきを、あーなーたーにいぃぃい~~♪
(台無し・・・)


*松崎しげる「愛のメモリー」JASRAC許諾番号 9012400001Y38026