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夏の終わりを惜しむ会

こんにちは、くさなぎ龍瞬です。

24日(土)の仏教の学校に参加されたみなさんは、「半沢直樹」の生き方をどう受け止めたでしょうか・・・。

講座の中で最後に指摘した、「半沢が本当はすべきであったこと」というのは、多くのひとにとってはオドロキの「盲点」だったのじゃないかな。

聞けばああそうか!と思う。だけど、聞くまでは思いつかない・・・そういう大きな、語られざる盲点というのが、あの物語にはあるように思います。

もちろん、ただのテレビドラマ、小説なのだけど、、、ただ話題になってるということは、面白さ=快楽を感じている人がそれだけ多いということを意味するわけで・・・その背景には、真面目に考えてみるべきテーマが横たわっているように思います。

やられたときの返しかた、というのが今の時代は見えなくなってきているような気がします。

日本とほかのアジア諸国との関係についてもそうだし、仏像を盗まれてしまった長崎のお寺の韓国への対応ぶりもそうだし、
大久保のヘイトスピーチもそうだし、ミャンマーでイスラム教徒への襲撃を扇動している仏教長老の考え方もそう・・・。

「やり返す」のは簡単なんです。そして、ひとは、やり返すことを仕事や人生の動機にしてしまうところがある。それを快楽だと感じてしまう・・・。

でも、それは正義でも善でもないんです。半沢直樹の「敵」がどれだけ憎たらしい人間でも、それに対してやり返すだけの人間は、善でも正義でもない。

テレビドラマの半沢は設定がけっこう変わっているようだけどね、、、原作をみるかぎり、半沢直樹は善でも正義でもないみたい。

ただ今の時代、何が善なのか、何が正義になるのか、ストレートに指摘できる人間、ほんとは何をすべきなのかを教えてくれる”思想”というのが消えつつあるのかもしれない。

みなさんの中で、仏教を自分の仕事、人生に生かしたい、本当の意味で仏教をモノにしたい、という意欲をもっているひとがいたら、

たとえば、ドラマ半沢直樹を見たり原作を読んだりして、あの物語において何が足りないのかを、ずばり指摘してくださったら、と思ったりします。ぜひ考えてみてください。

今いる場所、世の中、時代に一体何が足りないのか? そこを指摘できるようになる――それはとてもすごいこと。貴重なことかもしれない。

たぶん、自分のアタマだけで考えても、なかなかそこまではいけないかもしれない・・・(仏教に出会う前の私には明らかにムリでした×▽×)。

仏教を学ぶ意味というのは、たとえばそういう能力、ほんとの知恵をつけてくれるところにもあるような気がします。

時代の――ひいては自身の生き方の――盲点が「見える」ようになるのです。

28日(水)午後7時から築地にて、同じテーマで話をします。興味ある方はぜひご参加ください。
なお早めの夕食を築地でご一緒しようという方は、メールにてご連絡くださいね。

なお8月31日(土)は、高円寺で<仏教ガイダンス兼夏の終わりを惜しむ会>をやります。

テーマは当日のお楽しみ。ふだんの講義スタイルをちょこっと崩して、フリースタイルでやりたいと思います(前回の納涼会のノリで)。