仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
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ホンモノの道に立つ

こんにちは、草薙龍瞬です。

冬の空気のすがすがしいこと! 日本が世界に誇れる宝のひとつは、この春夏秋冬の鮮やかなうつろいでしょう。

☆今日は国立に行ってきたのですが、大通りから、雪冠を戴いた大きな富士山がくっきりと見えました。

インドから日本へ、日本からまたインドへ、さまざまな場所に移って、そのときどきの因縁(関係性)ゆえの美を目撃する。この日々は、そのまま旅のようなものです。

きっと、みなさんもそれぞれの旅をされているのでしょう。旅先の景色(つまり今日みているもの)をいとおしんであげようじゃないですか。

★さて、仏教の学校は、明日土曜日が、冬学期土曜クラスの1コマ目、「正しい理解」(さとり・正覚)がテーマです。仏教のいよいよゴールに近づいてきました。

年が明けると、単発テーマの学習会・講座に構成を変える予定です。つまり、仏教の学校としての通年のシリーズとしては、次回がファイナルになる可能性が高いということです。

水曜クラスは、秋学期第4回 「生まれ変わるための本当の方法 ~伝統仏教における輪廻論と合理的な輪廻論」が、来週27日(水)に。

そして、冬学期第1回 「正しい理解」が、12月11日(水)にあります。

そのあと、12月14日(土) 
①午後4時~6時   仏教の学校打ち上げ会PART1 おとなの寺子屋~ 
一年を振り返ってのざっくばらんな質疑応答と仏教講座
②午後6時半~9時  仏教の学校打ち上げ会PART2 
仏教で「マイテーマ」(課題・悩みごと)を考える ~ グループに分けてのワークショップ

で、2013年の興道の里仏教講座は、晴れて打ち上げとなります\(^▽^)/。

「こういう課題・悩みを仏教で考えるとどうなるのだろう?」というテーマがありましたら、ぜひお送りください。当日、一緒に考えてみたいと思います。

★さて、一年をふりかえって、何をお感じになるでしょうか。

じょじょに、心に軸のようなもの、礎(いしずえ)のようなものができてきたように感じるでしょうか。

一年、続けて通ってきてくれた人たちの中には、あきらかに、心に変化、というか何かしらの学びを重ねてこられたと、私のほうに伝わってくる人たちがいます。

そういうひとは、誠実に、「なにかを求めている」ひとたちのような気がします。

自分にはなにかが足りない、これから新しい自分へと踏み出していかなくてはいけない、という思いがはっきりとあって、
それがモチベーションになって、仏教を学んで、その知識・考え方と、自分の今を照らし合わせて、組み合わせて、なにかしらの変化を得る、ということをまじめにされています。

すごいな、と感銘を受けます。

その一方で、やはり私たち人間は弱いもので、どうしてもこれまでの自分をそのまま続けようとしてしまう、今の自分にしがみついてしまう場合もやっぱりあって、
たとえば、知識だけを追いかけ続けたり、自分の慢心・プライドをどうしても引きずって、それがゆえに動揺したりして、これまでと同じパターンの失敗をしてしまったり、というのもあります。

もちろん、それはそれで自然なことだと思うのです。ひとは、行ったり戻ったり。多くは、一歩進んでまた下がって、二歩進んだと持ったら三歩下がってしまったり、と、なかなか本当に「一歩前に」進むことというのは、難しいものだと思うのです。

心というのは、現状維持、あるいは後退するほうを望む、妙な性格があるらしい。
だから、ほんとに前に進んだ、と思えることは、多くの人生、長い人生のなかで、そうそうあるものではないのかもしれません。

学ぶというのは、ときにしんどい。学ぶというのは、ときに痛みをともなう。
だって、自分自身を作り替えていくことなのだから。自然ですよね。

でもそういうしんどさ、痛みを引き受けてなお前に進もうとする。
ほんとの成長、心の強さというのは、そういう「心がけ」を持ったときに、はじめて可能になるような気もするのですが、いかがでしょうか。

だから、学ぶことを、捨てないことです。途中で降りないこと。

「いついつまでに」、何かにたどりつく、何かを手に入れる、という欲で発想しているかぎりは、ものごとは成し遂げられない、というのは法則のようなものなのかもしれません。

そうではなくて、どんなに時間がかかってもいいから、何年かかってもいいから、とにかくわたしは今これをやるのだ、学ぶのだ、つづけていくのだ、というホンモノの動機に立たなくちゃいけないんだと思うのです。

道というのは、そういうものではないでしょうか。

ホンモノの道に立ちたいものです。
そう思いませんか?


P.S. ちなみに、、、草薙龍瞬が、なんとか、やっとこさ、仏教という道に立って、仏教という生き方をひとさまと分かち合えるようになるまでに、何年かかったと思いますか?

「40年」です――2歳で生き方を言葉で探し始めてから。

(だから、他の世界の方々の尊さも分かる気がするのです。道の難しさも。) 歩くこと。