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ムンバイで年越し。みなに幸いあれ

2014年1月1日
新しい年がスタートしましたね。あけましておめでとうございます。

といいつつ、正確にはインドではまだあと1時間強2013年が残ってます。今ムンバイにいます。

たしか去年は、バンガロールの民家で年を越しました。今年は、ムンバイの高層集合住宅(向かいの部屋の子どもが入ってきてHappy New Year!と握手を求めてきたくらいの庶民的な空間です)の一室で地味な新年を迎えそうです。

日本の冬風情あふれる年越しが懐かしい……最近いつ日本のお正月を楽しんだのか思い出せません。

12月25日にウダサ村で小田会長じきじきのセミナーを開催し、
28日からはアンドラプラデシュ州へ。前州大臣であり、来年春の州選挙に再度出馬するというかなりやり手の政治家と会ってきました(ジャック・ニコルソンにアゴひげつけて褐色に塗ったら彼の顔そのものになります(笑))。

彼が主催する決起集会にお坊さんとして呼ばれたのだけど、インド人の集会というのは、どなる、がなる、叫ぶ――とにかく穏やかに語って聞かせる、理屈で説得する、という発想が微塵もないもので、とにかくやかましい。壇上にはスピーカー(話者)が溢れていて誰かがたえず何か訴えている。聞いている人の数より語っている人間のほうが多いくらい。「ビョーキだ...(しゃべりの)」と思ったくらいにみなよくしゃべる(ちなみにこの地はテルグ語。ヒンディーもマラティも通じない)。

前州大臣のジャック・ニコルソン(便宜上そう呼ぼう)は、集会にくるゲストみんなに手を振り、挨拶し、最初から最後まで壇上に立ってケダモノの咆哮なみのいきおいで何かを訴えている。

私を案内してくれている側近の人が、「バンテジー(私のこと)とのミーティングはどうしますか?」と壇上のニコルソンに耳打ちする。「今晩かならずバンテジーの部屋に行くから」と言う。

あんまりにも忙しそうだったから、ほとんど期待せずに部屋で作業をしていた。そしたら、夜、ほんとに彼がやってきた。たったひとりで。

この地のひとたちがえらいと思うのは、どんなに地位が高い人でも坊さんを敬うことである。ニコルソンも、わざわざ靴を脱いで、私の足に手をつけ、その手を自分の胸に当てて合掌(^m^)してみせる。

(ちなみに、2013年に教室で一番印象に残った光景は、「わたしは救いを求めてきているんだ!」と自己主張していたシニアの男性が、目の前で私が終わりの合掌をしているにもかかわらず、まったくこちらを見ないでバッグに資料をほうりこみ片付けに入っている様子。いつもそわそわと落ち着きがない。Aを語ればFについて質問が返ってくる。礼節すらまともに返せない――それで「救い」なんて手に入ると思いますか?^へ^;)。

多忙すぎる一日の終わりに、こうしてたったひとりで会いに来るのである。じつに男気があるではないか。

再び州大臣に立候補するんでしょう?(イエス)
アンドラプラデシュの人たちに貢献したいのでしょう?(イエス)
だったらぜひ紹介したいプロジェクトがあるのです――と、ポリグルによるインド水プロジェクトの概要を説明する。

アンドラプラデシュは、ケララについで水と緑の多い州。今回訪問した場所も、いたるところに川・運河・溜池・井戸水があって、大地は緑にあふれている。同伴したラケシュも(なんでこんなにもちがうのだろう)というような顔で景色を見つめていた。

だから、この州の人々は水に困っていないのではないか、とふってみたら、ニコルソンは大きく首をふって、それはちがう(ノー)という。水の汚染はこの州でも問題だそうだ。

いくつかの場所を紹介するから、あなたが現地を見て、日本に伝えてみてくれ、という。

選挙前の忙しい時期に私が戻ってきても、便宜をはかってくれるかと聞くと、「もし私が対応できなければ、誰かをつきそわせる」と言う。「オリッサ州はどうか」ともいう。インド29州のうち最も後れている州なのだそうだ。そこも紹介しようという。

がっちり握手。彼もまた仏教徒である。

ニコルソンは、マヒンドラ(インドのメーカー)の高級バンに今回招いたゲストたちをのせ、私を一番前の助手席(本来は彼の席)に乗せ、ラジャムンドリー駅前の食堂で晩餐をふるまってくれた。

そしてみずから駅の長いホームを歩き、駅長と車掌とにかけあって、私とラケシュの席を確保してくれた(インドではあらかじめチケットを買ってもブッキングが重なって座席をとれないことがままある。今回はそのおそれがあった)。

駅の人たちも「前州大臣ですね」と知っていて、特別の便宜を図ってくれた様子。ホームを歩くだけでも、彼となじみの人が何人もいて握手につぐ握手。この男は、人間ばなれしたエネルギーの持ち主。しかも義侠の男。前を歩く彼の、中背だが分厚く広い背中は、ただなんとなく孤独を感じさせもする。ひとの前を歩き続けるというのは、並ならぬエネルギーがいるだろう。

「ラケシュがこの三年、あなたのことばかり話していた。ようやく会えた」とニコルソン。

「ひとびとのためにがんばってください。あなたとあえてよかった」と私。

彼が確保してくれたエアコン車両に乗り込む。最後に分厚い財布をとりだして餞別を私とラケシュに手渡そうとする。さすがに固辞したけれど。

彼は政治家である前に任侠の男である。ここまで男気が伝わってくると、やはり当選してくれたらいいな、と思ってしまう。そう思わせるのが政治家の器量なのかもしれない。

で、人生で初めての(ラケシュも初めて)AC(エアコンつき)寝台車両に乗って9時間かけてハイデラバードへ。そして飛行機1時間半でムンバイへ。

ここでも州政府のかなり上層の人たちと面会する予定。ここでは言えないけど、他にもいくつかびっくりするくらいの面会予約が進行中。ダンマを共有する僧侶と、熱意あるインド仏教徒たちがつながると、ここまでダイナミックで広範囲の活動がスピーディに展開できるということ。もちろんプロジェクトの成否はこれからの問題。だが、手前味噌でなく、ここまでインド社会に密着して、現地ネットワークと情報に通じている組織は、そうそうないだろうと思う。うまく運んでくれたらと願う。

いうまでもなく、この活動は、〈貢献〉(役に立つこと)をモチベーションにしている。どれだけ役に立てるか、どれだけ貢献できるかというチャレンジなのである。それが果たせれば最高にハッピー。そういう発想を共有できる人間が、このインドには面白いくらいにたくさんいるのである。

昨年の今頃は、5年半ぶりにインドに帰れるかどうかというあやうい状況だった。教室でほそぼそとカンパをつのったりして。ところが今年ははや5回目。もちろん、おかげさま、感謝すべきは――である(野暮なんであえていいませんけど)。

新しい年は、ますますこのプロジェクトがインドに広がっていけばいい。

そして日本でも、昨年同様に、あたたかい出会いを大切にして、いろんなひとと出会って、仏教を伝えて、ひとがしあわせになる瞬間を垣間見ることができたらと思う。

あ――外で花火の音が。インドでも年が明けたようです。

ハッピー・ニュー・イヤー!

みんなに幸いあれ。