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見送るとき

2月19日
とある方が、急逝された。

私が日本に戻ってきて四年半になる。これまで、教室で多くの方々と知り合ってきた。

これは奇跡に近いと思うが、その間、ひとりとしてその人の人生の終わりを見ることのないまま、ここまで来ていた。

だが――ついに、その日がきた。

今回見送った男性は、教室で出会い、言葉も交わし、その人の存在感が私の記憶のなかにくっきりと残るおひとりだった。娘さんと一緒に、教室に来ていた。

彼は健康というものに相当なこだわりを持っていた。田舎で野菜・果物を無農薬で育て、笑いヨガをこなし、退職後に始めた水泳は、マスターズのバタフライ部門で金メダルをとるくらいの、とにかく前向きでタフな八〇代だった。

昨年暮れの教室で、病気で通うのが辛くなってきたとおっしゃって、通うことは中断した。だがそれ以後も、自分で育てたはっさくや蜜柑、紫蘇とはちみつで作ったドリンクなどを、娘さん経由で届けてくれていた。

二日前、彼が急きょ入院したと娘さんから連絡があった。ここ一、二日が山だろうと医者は言っていたという。

私も、連絡が届き次第、すぐにでも病院に行くつもりだった。

だが、時機を見ている時間もなく、彼は旅立っていった。看取る時間もほとんどなかった、あっという間の命の閉じ方だった。

その彼と再会したのは、都内某所の斎場(火葬場)だった。

白い棺の中に、彼の姿があった。その額に手のひらを載せた。冷たい。だが、その肌はとてもやわらかく、表情は、生前のおだやかさ、やわらかい笑みをそのまま湛えていた。

読経をし、ご遺族が焼香を捧げ、それぞれが手向けの言葉を念じた。

そして、お茶をご一緒しながら待機した。今は火力も向上しているとかで、40分ほどでお骨になるのだという。

出てきたお骨は、とても白かった。先ほどまでは生前の姿のままだったのに、今は白い舎利として小さくたたずんでいるばかりである。ひとが目の当たりにできる「無常」の最たる光景なのかもしれない。

骨壺にご遺骨を納めて、布に包んで、儀式は終了した。

斎場には、他のご遺族や僧侶方がけっこういた。禅宗のお坊さんや、髪を生やした浄土真宗のお坊さんなど。こういう場所に僧侶たちのたたずまいがあると、やはりほっとする。

若いご僧侶と目があった。私のほうをずっと見ていた。日本とは違う出で立ちが珍しかったのかもしれない。

ご遺族の自宅までタクシーをご一緒する。昨日までの雪交じりの冷たい雨はすっかり上がって、春を思わせる澄んだ陽光に街は輝いていた。

私は車窓の外を見つめながら、不思議な心境を感じていた。

――すべてが色、形を持っていながら、色も形も、じつはない。今目の前に流れている光景はみな、因縁によって成り立っている無色の現象である。いや、成り立っているというより、目の前にあるものは、すべて因縁そのものである。つながりが世界をつくっている。つながりが世界そのものである。

そして、私は今目にしているすべてのものに、今日見送った彼の姿を見ているのだった。

彼は、このつながりの中で、ひとつの時代、場所に生まれ落ちて、幼子、少年、青年と生きて、夫となり、父となり、いろんな出会いや思いを重ねに重ねて、八十二年という歳月を生きた。そして、肉体という因縁を解かれて、この目の前に広がる大きな因縁の世界に戻っていった。

ひとの体も、思いも、みなつながりによって支えられて成り立つ、ひとつの現象・すがたである。

病気、寿命、事故、災難――生命を支えるひとつの因縁が失われる機縁は、さまざまであろう。だが、ひとつの因縁としての人生が、そのままでは続けられなくなったとき、そのひとつの因縁は解かれて、次の位相(姿)へと移りゆくのである。

彼の肉体は、きれいにちがう姿へと移っていった。今残っているのは、白い遺骨だけである。そしてその身の内側を流れていたものは、きれいに水となって、今私たちが目にしている空の青や雲となって、果てしないこの世界のどこかを巡っている。

肉体も思いもまた無常である――因縁が解かれれば、風へと還る。

そして、彼という姿を作っていた生命のエネルギーは、ふたたび、この世界に満ち満ちている生命そのものへと帰ってゆくのであろう。すでに先立っていった無数の命も、今この地上に生きている命も、これから生まれようとしている新しい命も――すべての生命が充満しているひとつの世界に。

ひとは、ひとつの世界へと溶けて、帰っていく。溶けて、ひとつになる。

タクシーは昼前のしずかな陽光のなかを静かに走っていく。不思議にも、執着が解かれた眼には、映るものみなが「意味」を持たなくなる。ビルも、信号も、舗道を歩くひとも、車も、街を包む陽の光も、透明な風も、みな意味を解かれて、ただあえて言葉にするなら、因縁(つながり)とでも呼ぶしかないような、無色の、「ひとつ」のものとして見えはじめる。

そのときには、見ている「自分」すらもない。自分はどこまでも「無」であり、見えている世界そのものと「ひとつ」である。そして、その「ひとつ」の世界のどこをみても、旅立っていった「彼」という存在を見るのである。

彼はこの世界にどこにも生きている。彼はいま世界そのものである。どこをみても、どこまでいっても、彼はこの世界とともに、今日見送った遺族の人たちとともにある。どこにも彼とこの世界を隔てる壁はみえない。もはや彼とも世界とも人間たちとも区別のつかない「ひとつ」が、ただどこまでも広がっている。

そういう思いを感じていた。

今朝、彼の体に触れたとき、彼の心はきれいに世界へと溶け込んでいって、きれいな空気だけが残っていることを感じた。白い遺骨の周りにも、浄化された気の広がりを感じた。

斎場には俗の空気が少ない。そのせいか清々しい奇妙に明るい雰囲気であった。ただその中でも、棺に眠る彼の顔、そして白く変わった姿は、ひときわ清浄な気に包まれているのだった。

今朝の空はあまりに青くて、広々としていた。そして集ったご遺族の間にも、血のつながりと長い歳月を経た間柄だからこそ持ちうる、信頼といおうか善き空気が流れているのを感じた。この日、彼がめぐり合わせてくれた、不思議な幸福を感じていた。

どこまでも、澄明で、清浄な時間がそこにあった。そして「ひとつ」があった。

不思議な日だったといってよい。

彼は、帰ったのである。