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「自分の務めは果たした。お疲れさま!」 最近のおたよりから

11月18日
●最近のおたよりから――
私は何度も御著書の『反応しない練習』KADOKAWAを開き、心を鎮めてきました。
先日も職場(小売業)で、心を乱されることがありました。
朝礼で行なう一分間のスピーチに私が指名されたので、日頃から、スタッフを褒めるどころか、会話もしようとせず、いつもダメ出しばかりの店長に、何か伝わることを願いつつ、こんなスピーチをしました。

『……私たち日本人はシャイで、気づいていても、なかなか口に出せないことがありますが、職場では、なるべくお互いを褒めあう、例えば、ディスプレイうまくできたね、接客が丁寧だね、髪形いいね、こんなことが躊躇なく言えるようになったら、もっと楽しく明るい職場になると思います。

特に、上司に褒められると、私たちの承認欲が刺激され、やる気が倍増することもありますので、店長、次長、どうか温かい目で私たちのいいところを探してみて頂けませんか?
私も、褒めて頂けるように頑張ります。』

と、このようなスピーチをしたところ、即座に店長が
『褒められない! こんなに売り上げが悪いのに、褒めるところなんかない! 褒めれば売り上げが上がるのか!』と、真っ向から否定されました。

少し前の私でしたら、頭に血がのぼり、大きな声で反論したかもしれません。しかし、その時は違ったのです。「前の心と後ろの心の存在」(※『反応しない練習』第2章)が意識できたお陰で、怒りに震えながらも、この店長を、哀れな人だなぁ、と冷静に見ていることができました。

しかし、その後に、あの時のことを思い返しては腹が立ち、あの人の部下である自分が情けなくなり、イライラしていましたが、『あ、これが記憶に怒っていることなのだ』と気づいてから、心を落ち着かせることができた気がしました。
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この話題は、ビジネス系啓発書には決まって出てくる古典的なテーマですね。

「売り上げが悪いから、褒める理由がない」と、キビしくあたる上司――。

仏教的にいうと、こういう発想は、「目的」をかんちがいしているところから起こります。
「目的」は、まずは自分たちの職場を快適に過ごすこと。作業にきちんと専念して、できる工夫をして、まずは「自分たちの満足」を得ることなのです。そこが最初。

結果的に、その雰囲気がお客さんに伝わって、「活気があるな」「楽しそうだな」と感じて、「また来ようかな」と思う。その結果、売り上げが上がっていく、という、それが正しい成功の法則。

もっと言えば、売り上げが上がる・上がらないは、二の次。ほんとは、期待できることではありません。それは未来の領域。お客さんの領域だからです。

「売れる結果」が目的なのではない。プロセスそのものに納得ができること――それが絶対の基本。

私自身の持ち分でいえば、自分が納得できる、心のこもったよい内容の文章を書く。誇りに思えるクオリティを、編集者さんや、読者さんや、モニターさんのリアクションを通じて作っていく。こっちが基本です。

人間というのは、勘違いしやすいもので、つい「結果」、つい「自分」のほうを見てしまう。でもほんとはそうではない。むしろ、結果を捨て、自分をも捨てて、ただ目の前のモノゴトを、楽しみながらやる。楽しめるようにやる。そこに意識を集中して、結果的に「結果」がついてくる。そうなれるように、見るターゲット・心を向ける方向を、きりかえることがほんとは大事なのです。

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もっとも、勘違いしてしまっている相手に反応することは、なるべく避けたいですね。「哀れな人」「かわいそうな人」という見方も可能ですが、これはくやしさ(怒り)が作り出した「判断」です。怒ってしまったから、「慢」で反応して、相手を見下ろして、怒りを晴らそう、みたいな感じでしょうか。

できれば、とことん反応しないで、クールでいられるように頑張ってみることかもしれません。
 最終的には、人の心は人の領域。相手がどのような(愚かな)思いにとらわれていようと、それは相手の問題であって、自分には関係なし。反応しなければ、相手の思いは、相手だけが抱えることになりますね。

仏教の発想だと、相手に心を向けず(反応せず)、自分の役割に専念する。作業だけに心を向ける。
そして終わった後に「よし、自分の務めは果たした。お疲れさま」といって去っていく。そういうあり方が理想なのかもしれません。内なる誇りをもって。

おたよりお待ちしています。勉強してまいりましょう。
koudounosato@gmail.com