仏教講座スケジュール

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久々の?Q&A 何事も「目的」から考えよう

こんにちは、草薙龍瞬です。

今朝の朝日の朝刊、ご覧いただいたでしょうか。ようやく出版社さんのお役に立ってきているようで、安堵しています^^。

そしてますます多くの人にブッダの教えを知っていただいているようで、善きかな、善きかな、と感じています。

台湾、韓国、マカオ、香港その他で翻訳出版が決まりました。将来的には「英語圏」が目標。宗教としての仏教ではなく、合理的な思考法としてのブディズムは、 今の時代に普遍的な価値を持つだろうと思うので。ブッダの教えを、宗教としての仏教から解放させたい。だって人間の幸福に役に立っていない(機能不全に陥っている)ように思うから。もちろん、その先には(来年1月に再訪する)「インドでの仏教復興」という大きな目的があります。

多くの方からご感想やご相談のお便りをいただいています。

明日(11月3日)の坐禅会と夜の学習会も、お時間あったらぜひいらして下さい。講座に関連したご質問を今回は取り上げましょう。

>草薙先生 
2ヶ月前に、たまたま書店で、先生の御著書に出会い、今まで自身が購入してきた仏教の本とは全く違うことに、 衝撃を受けた者です。
今まで、たくさんのお経の本や、別の方の初期仏教の本など買ってきましたが、 心の安寧を得られたことはありませんで、 煩悩が多いから自分はダメなのかと、諦めかけておりました。
先生の本は、温かみがあって、立ち読みするには、あまりに勿体ないので、早速、3冊購読し、理解しようとしているところです。(略)

Q1 日程によって、会の長さが2時間、2.5時間、3時間とありますが、内容に違いはございますでしょうか? 初心者は、3時間のほうがよろしいものでしょうか?

A いえ、内容は同じです(毎回話題はちがいますが、説明する座禅のイロハの部分は同じ)。
時間は気になさらないでください。日曜午前は2時間、夜だと3時間弱ですが、どちらもあっという間です。(夜のほうが今後はお茶会などがあるので楽しめるかもしれません)

Q2  途中で、お手洗いなどに行ってもよろしいでしょうか? 以前、原始仏教の権威とされている、ある外国人の長老のワークショップに出席しました際、 3時間でしたので、上述の医学的な理由で、 複数回、離席せざるを得ませんでした。しかし、その長老が、突然、私を指差し、「そこのあんた、今まで、人生、何ひとつ身につけてこなかっただろう。どう せ、いいかげんに生きてきて、 仕事もろくにせず、職を転々としているだろう」 と、怒りをぶつけてきました。(略) 私以外の方では、座り方が悪いとのことで怒られた方が複数、おられました。怒らないことという本を書いておられるよ うな、その長老が、あまりに怒っておられたので、 「途中で席をたつことは、もしかして原始仏教では、何か失礼にあたることだったのかもしれない。」と、不安になりましてお尋ね申し上げた次第です。

A デリケートな話題を含んでいるので、当たり障りのない?ところを申し上げますね。

結論からいうと、私の教室は、遅れて来てもいいし、途中退室でも、何度外に出ていただいてもよいです。

遅れてきた人には、「いらっしゃい」。何度も出入りしている人には、「大丈夫ですか?」と聞いてます。具合悪いのかな?と。

もちろんご事情教えてくれるのが一番わかりやすいですね。ともあれご安心ください。

ちなみに、頻繁に出入りすることは、原始仏教に照らしてというより、ひとによって反応してしまう方はいるでしょうね。
ただ、仏教というのはつねに「正しい理解」から入る――誤解・思い込み、慢による反応ではなく――ので、「大丈夫ですか?」という言葉が正解に近いのでは(慈悲+正しい理解)。ちなみに「いらっしゃい」は、個人的なノリです(笑)。

私も、勘違いする可能性はつねにあるので、気をつけます。

●ちなみに、興道の里で受け入れられないのは、教室で吸いたてのタバコの臭いをさせていたり、スマホやゲームを(必要なく)いじっている姿です(さすがに後者はいませんが(笑))。

学ぶという目的に照らして必要なこととそうでないことの見分けをつけるところから始めましょう、という意図です。

きちんと、「目的」から合理的に、なすべきことと、なすべきでないことを分けるというのは、ブッダの「正しい思考」の一つです。

ちなみに「坊さん」もまた、人生の目的に照らして、すべきことと、すべきでないことの峻別をつけなくてはいけない身。

もし「悟り」なる境地をめざして修行したいというなら、家族を持つことはできない。しばらくはめっちゃハードな修行に専念しなくてはいけないので、ムダなことには手を出せなくなります。難関試験合格をめざす受験生と同じです。

また、ひとの幸福のために身を捧げたい、という動機をもって生きる人もまた、「自分のためだけの」行いをしてはいけない、という戒を持つことになります。

だから、お酒も、タバコも、家庭も……その他もろもろ社会的な営みは、自然に選別されていくことになります。そうした生き方を一生続けるかどうかは、人それぞれでしょうが――でも、「目的に照らした」生き方の構築、という作業・視点は大事ではないかな。

「この行いは、自分の目的に照らして必要か、有益か(役立つか)」という視点。「気づき」の一つかも。すると、徐々にムダな物事は減っていくはずです。

その点にてらして、目的に無自覚な、名前・肩書だけの「お坊さん」は、本当はお坊さんではないし、誰の幸福にも役に立たない、理屈やおまじないめいた儀式だけの「仏教」は、仏教でもない。

どんな立場・身の上であっても、
あ くまで、おのれにとっての目的は何か? そのための正しい方法を「生きている」(心がけている)か? という点だけが「本質」ということになります。これがブディズム――ブッダの思考法――。今回の『反応しない練習』でほんの少し、その一端をお伝えできたようで、ありがたく思います。

ちなみに、「必要か、ムダか」で私が悩むのは、充実した講座のあとや相談に来た方が元気に帰って行ったあとの、「ジョアによるひとり晩酌」です。

1本に留めるべきか、(大人買いして?)2本いっちゃっていいか、でほんの少し悩みます(笑)。

結果的に、2本呑んだことはございません。貪欲だなと思うし(笑)、あれは1本をちびちびチューと愛惜しつつ味わうのが快だからです。なんちゃって。

Q&A、まだあるので、追ってお届けします。
ではよき祝日を。
草薙龍瞬でした。