仏教講座スケジュール

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最近嬉しかったこと

神田・三省堂 表通りのウィンドウです
12月13日
●来年3月に出る新刊の原稿が、ほぼ完成に近づいた。最初に担当編集者さんに見てもらうときは、ドキドキである(笑)。しかし、はよ感想を聞きたくてウズウズもする。おほめの言葉をいただければ、よかったと素直に思うし、厳しいご指摘を受ければ、それもまたありがたいと思う。上々の反応をいただき、まずはひと安心(嬉しいときは素直に喜ぶのもまた仏道である^^)。

そして、前作と同様に、モニターさんに見てもらった。それぞれに目のつけどころがちがうので、予想もしなかった指摘をたくさん受ける^^。これがめちゃくちゃ勉強になる。

今度の本の目玉は、「親の業を知る」ための診断テスト――ちょっとおちゃらけて「業占い」と名づけてみたのだが(以前流行った『動物占い』っぽく)。でも本屋で立ち読みする人は、「占いの本」をイメージして、離れてしまうこともあるのでは、という指摘があった。たしかに。なるほど~である。

またこんなコメントも――多くの人は、書店での立ち読み時も含めて、「じっくり読み込む」というより、日常の忙しい合間に「目を通す感じ」。仏教にはほとんど興味のない人も多い。そんな人たちが一回読んでスッキリできるくらいのわかりやすさが必要とのこと。これもなるほど~である。

その他、いろんな感想・指摘・ツッコミをもらった。いや、ありがたい(笑)。

著者が何より幸せなのは、「世界最初の読者」である担当編集者さんから直接感想を聞けること。そして、ある意味、本と離れた日常を生きている読者さんたちの感想やリクエストを聞けること。感想や相談のお便りもいただく。これらすべてがありがたい。

こうしたやり方で作っていけば、確実に本の中身はよくなるだろう。血が通う。ある意味、スタジオにこもりっきりでスタッフさんとやり取りしながら収録する音と、ライブ会場での熱と情のこもった音とがミックスされてひとつの音になるような? そんなの、CDにもないかもしれない(笑)。本だからできる、否、担当編集者さんと興道の里のモニターさんとがいてはじめてできる、執筆スタイルである。このスタイルを今後の定番としたい。

●来年3月に出る新刊(海竜社『家族○○○○○○○』)では、

☆親子・家族に悩んでいる人たちに、その悩みを上手に解決するブッダ流の道すじを紹介する。

☆解決のカギは「業を知る」こと。業とはいわば、「心の中のこだわり・とらわれ」――怒りや支配欲や過剰な期待など、その人の心を支配している思いの数々のこと。それが親の性格・しつけ方に出る。子どもはモロその影響を受ける。

☆だから、「親の業」がわかれば、親がどんな人間だったのかわかる。自分が親からどんな影響を受けているのもわかる。「自分の業」がわかれば、「なぜ自分はこの人生を生きているのか」「いったいなぜ同じ問題・悩みを繰り返しているのか」がみえてくる。

☆それは、悩みの「原因」がよくわかるということ。原因がわかれば、「解決する方法」もわかる。「同じ悩みを繰り返さないために何が必要か(対策)」がわかるし、「こういう業のタイプの親と、どうやって付き合えばいいのか」あるいは「いっそのこと絶縁したほうがいいのか」といった長年のテーマにも、答えが出る。

これは画期的な「家族が抱える悩み」への対処法だ。職場などでの人間関係にも応用がきく。

●一般に、家族をテーマとする本は、精神科医の「分析」や、作家・エッセイストの思い出話や意見など「個人の思い」を語っていることが多い。

それで部分的に「わかった」と思える人や、「わたしも同じ体験をした・同じ思いでいる」と溜飲を下げられる人はいるかもしれない。

しかし、「家族一人ひとりの生き方」「家族との関わり方」を、実践可能な「方法」としてまとめた本は、あまりないといっていいのではないか。しかも、ベースは仏教。ただし現実から遠い「お釈迦様の教え」ではない。ブッダのきわめて合理的な視点にもとづく、「家族の悩みを解決する方法」が語られている (自画自賛もまた仏道である……ことはない(笑))。

ちなみに「業」というのは、古い仏教では「前世のカルマ」として説かれる。しかし原始仏典のブッダの言葉は、もっと合理的で洗練された「この人生を作る原因としての、行い・言葉・思い」という〝三つの業〟を語っている。そこに「前世」も「輪廻」も関係ない。そもそも「悩みを解決する」のに必要なことだけ、効果的な方法で伝えるのがブッダの方法・スタイルだった――それを臨機説法・対機説法と、古くは呼んできた。

ならば、そのブッダ原初の「発想」にもとづいて、家族の悩みを解決するための「理解のしかた」だけを考えればよい。その目的に照らして、「業」のとらえ方・活かし方も「洗練」させるべきである。それでようやく人それぞれの「救い」が見つかる。

こういう発想こそが、ブディズム――ブッダの智慧――ではないか。誰も確かめたことがなく、また現実の問題を解決する上でまったく役に立たない「輪廻」「前世のカルマ」なる理解に、いったいなにゆえに執着しているのだろうか。非合理極まりない。

●今回の本で何よりうれしいのは、担当者さんとの二人三脚、さらには読者さんとのつながりをもって、チームで本作りができていることだ。プロセスに充実・喜びがない仕事は、きっとどこか動機を間違えている。プロセスそのものが喜びである、プロセスそのものに自分が求める「結果」がすでにある――そういう道(やり方)こそが、本当の道である。そういう道を、今回、歩くことができている。そう、こういう本作りがしたかったのだ。

こうした作り方で楽しく進めていって、充実感と達成感と、関係する方たちへの感謝をもって、世間のひとさまに成果を問う。成果が出れば「よかった」と喜びを分かち合えばいいし、そうでなければ「次の成果をめざしてまた頑張ろう」ということになる。大切なのは「結果」ではない。というか、正確には、プロセスなくしての「結果」など、求めること自体がおかしいのである。むしろプロセスそのものがひとつの「結果」であること、プロセスそのものが喜びや誇りであること。感謝があり、礼節がある。ひととして大切にせねばならない美徳がちゃんとある――そういうプロセスが大切である。

なるほど、道元が言っていた「修証一如」とは、こうした文脈でも使えるのかと腑に落ちる――修行というプロセスも、悟りという結果も「一如」、つまり一つ、同じである。分離してはいけない。悟りという結果だけを求めて、ただの手段として(苦痛に耐えながら)修行するのは間違いである。修行そのものがひとつの結果であること。修行というプロセスの中に、ひとつの結果、すなわち納得・充実がなくてはいけない。そのとき、「今歩いているこの瞬間」こそが、すべてになるのである。正しい道・生き方においては、先を見る必要は、もはやなくなるのだ。

今回の本は、とても楽しく、美しい道の途中にある。

このまま今しばらく歩きつづけよう。