仏教講座スケジュール

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本を出せる喜びよ

岩手から「ワンワンクッキー」(正式名称いぬぱん 村上製菓さん )いただきました!
ワンワン!(がんばります!)
12月8日
●文章執筆も大詰めを迎えている。来年3月刊行予定の新刊。

とてもいい感じで仕上がってきている(自分比)。新しさ、情感、方法のゆたかさ、そしてわかりやすく語られた仏教の本質、

そして、家族ゆえの苦悩から自由になること――その目的に向けての、正しい道のり、つまり「考え方」が見えてくる。そういう内容をめざしている。

『反応しない練習』も、素晴らしい作品にお陰さまでなったと思うが、今回の本も、色(スタイル)は違うが、かなりいい本になるように予感している。とにかく、著者なりの想いは入っているかな、という感じ。あとは、どれだけ読んで下さる人に届くか……。

文章を書くのは、本当に楽しい。「命を削っているのですね、お疲れさまです」とお気遣いのお便りをいただくことが多いのだが(そう聞こえるらしい(笑))、実際には「全身の細胞がピチピチ喜んでいる」状態である^▽^。たしかに心を絞って言葉を紡ぎ出すのは「行」[ぎょう]に近いところがあるが、けして殺伐とした過酷さはない。これで睡眠時間さえ確保できれば、究極の健康法ではないかと思えるくらいの快がある。

●最近、いい話をひとつ聞いた。

テレビキャスターを務める、ある超著名な方の話。編プロの人が企画を持ち込んで、資料を渡し、最初の原稿はライターが書きましょうかと持ちかけたところ、「一蹴された」とのことである。「自分で書く」と。しかもその中身が、やはりテレビの司会と同じくわかりやすいのだそうだ。けして他人には書けないわかりやすさがそこにある。本人だからこそ書ける奥行き、内容があるのだそうである。

ホンモノ、はやっぱり、ホンモノなのだろう。気骨がある。その世界に通暁している人間だけが持ちうる強みがある。その強みに達した人にとっては、他人の技など役には立たない。本人が作るほうが、中味があり、しかも早いのである。

めざすなら、そういう境地をめざしたい。そもそも、語るまでもないことで本来あったはずのことであるが。

●かつて、とある禅師はこう言った――「彼はこれ、われにあらず」

これは、中国・宋の時代にかの地に渡った道元[どうげん:日本曹洞宗の開祖]に、現地の寺の典座(てんぞ:寺の料理を作る係)が語った言葉である。

若き道元が、浜辺に買い出しに来た典座に出会った。本場中国の禅の話を聞きたい、今宵はぜひご教示いただきたい、寺の料理は若い衆に任せればよいではないですか、と言った道元に、「おまえさんは、禅なるものが何もわかっていないらしい」と一笑に付して発した言葉である。

他人に任せては、自身の道にはならない。
道に立たぬ者は、当然ながら道を失う。
道は、自分自身で歩まねばならない。

これは禅の世界の、そして仏道ほか、すべての「道」の基本中の基本である。

道元は、帰国後、己の道・生き方として「ただひたすら座れ」と説いた。

座ることのそのものが道、人生である。修行の道がそのまま悟りであるとも伝えた。

悟りと修行、結果とプロセス(過程)が、分離していること自体が、外道――間違っている――と、弟子たちを厳しく戒めている。それが禅の道――禅という道に立つ者の生き方――である。

禅の道をもてあそんではならぬ。道というからには、己自身がまず生き、学び、実践し、きわめ、その上で人々への慈悲の思いで、正真の言葉で、伝えていかねばならぬ。

その覚悟と、正覚(最高の理解)に立って、はじめて禅の言葉を語れるようになる。どだい素人には語りえぬ、そもわかりえぬ世界である。

今の時代、本質を踏み外すことは、難しくない様子である。そもそも禅とは何か、仏教とは何か、道とは何か、生きるとは何か、ひとに道を伝えるとはどういうことか、ことごとく忘れ去られた感のある時代である。

しかし、そうした時代に迎合するわけにはゆくまい。仏教という広大で深淵なる潮流を、穢すことなく、世界へ、次代へと伝えることが、すべての正真の仏者たちの使命であるはずだからである。

私にとって、仏道とはそういうものである。

決定[けつじょう]・草薙龍瞬