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まずは正しい思想を伝えること(社会を変える第一歩として)

1月21日
昨日中止となったナグプール大学の学生たちへのレクチャーを、今日やることに決まった。

ウダサ村から一時間ほどでナグプール市内へ。まずは我々の組織GDIAの活動の一環である女子寮を訪問。

ここは大学を卒業して公務員試験をめざす女子たちが、共同生活して勉強に励んでいる場所。神経科医の先生がアパートメントを無料で提供してくれた。

受験生の悩みは、どの国も同じ。どうすれば集中力が上がるかということで、サティ(マインドフルネス)のやり方を解説。集中してない例として「歩きスマホ」の話をするとウケている。このあたりも日本と同じ。

近郊の農村から公務員試験めざして寮で暮らす女子たち
そのあとナグプール大学へ。学生だけでなく、若い教官(インストラクター)たちも参加。

自殺したロヒットの話。大学での生活は、それでなくても孤独を感じやすい。彼ら学生たちが属する組織は総勢何名で、その全員を把握しているかと聞いたら、把握していないという。それはまずい。一人ひとりを気遣って、孤独に追い込まないようにという話。

そして、今回の事件について、大学や政府から納得のいく回答を引き出すまで働きかけることや、今後同様の事件が起きたら、他の大学の学生組織とも連絡をとって、プロテスト(異議申し立ての運動)を大々的にやるようにという話。

インドは、社会が変わるのに、異様に時間がかかる国。頑迷で、物わかりが悪く、傲慢な権力者が、大学でも、政治でも、行政でも、のさばっている。実に疲れる社会だが、へこたれずに闘うしかない。闘いつづけて、「やってはいけないことは絶対にやってはいけないことなのだ」というメッセージを送りつづけることで、徐々に「どうやらやってはいけないらしい」という理解が浸透していく。それまであきらめてはいけないという話。

ただ、その運動のモチベーションが怒りや憎悪であれば、こちらの精神が疲弊してしまう。だから怒るのではなく〝悲の心〟をモチベーションにするように。青年ロヒットの悲しみを自分たちの悲しみとして感じ、今行動に起こせることを着実に行動に移すようにという話。〝悲の心〟は、正しく使えば、疲れることはない。むしろパワーになる。

バラモン・カーストの連中たちを変えようとしてもしようがない。人間は変わらない。彼らが変わるとしたら、モノゴトが進んだはるか先の、一番最後の話である。だから、変わることを期待するのではなく、変われと働きかけるのでもなく、社会の中でやってはいけないことを、やってはいけないとはっきりメッセージを送り続けること。それしかない。

そうしたメッセージをインド社会が共有できるように、今後、プロテストをするときは、ダンマにもとづく正しい言葉や行いを、力を合わせて発信していこうという話。


ヨーロッパに自由主義と民主主義という政治的革命が起こったのも、最初は「政治思想」という言葉からだった。封建君主に支配されていた人々は、自由とデモクラシーという新しい思想を聞いて、そこから今の政治制度はおかしいらしい、と気づき始めた。

ある考え方が間違っていることに気づくには、正しい考え方を知らねばならない。

ナグプール大学の学生&教官たちと
インドがなぜ、今なおカーストなどの非合理な思想を抜け出せないかといえば、その非合理に気づかせてくれる力をもった合理的な思想を、人々がまだ知らないからである。インドの人々は、「ダンマ」を知らない。合理的で、すべての人が共有しうる、普遍的なモノの見方・考え方というものを知らない。だから、バラモン・カーストの人間が語る、非合理極まりない珍妙な言葉を鵜呑みにしてしまう。

もしインドの人々が、合理的で洗練された生き方・考え方というものに触れる機会が増えていけば、ゆっくりとではあるが、「やってはいけないこと」に手を出さなくなるのではないか。啓蒙、つまり蒙(無知)を啓くきっかけは、やはり正しい言葉・正しいメッセージである。

次回は、ナグプール大学でもっと大きなホールで講演会を開こうという話になった。私の仕事は、ダンマを洗練された言葉で人々に伝えていくことだ。日本でも、インドでも同じ。日本で伝えていることを英語に直すことができれば、彼らがそれをインド現地の言葉に翻訳してくれる。そうすれば少なくとも、この非合理に満ちたインドの土地に、まったく新しい合理的な思想――ブディズム――が登場することになる。私がこの人生においてたどり着くべきは、その辺りであろう。どこまで行けるかわからないが、その方向に向かって進んでいきたい。

すべての人間が共有しうる、幸福への普遍的な方法としての「ダンマ」が、もしかすると全世界的に必要とされているのかもしれない。まだ始まったばかりの、この新しい思想を、ぜひインドにおいても広めていきたいものである。

明日は、いよいよ大法話会である。各地から列車で、バスで、リクシャー(人力車)で、仏教徒たちが集結しつつあるという。

大法話会のポスターだそうです
今日の夕食(揚げタマゴ2つ)