仏教講座スケジュール

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ダンマを必要とする者たち

私が滞在する短い間に、続々と訪れてくる社会活動家たち(Ambedkarites;アンベドカル運動家という)。一家の長もいれば、学生、大学の教師、医師もいる。
みなダンマを求めている。非合理に満ちたインド社会で、どうすれば絶望せずに闘いつづけられるか。彼らにとっては同胞であると感じられるモンク(僧侶)が必要なのである。ダンマを説き、握手し、鼓舞すれば、彼らはどれほど喜ぶか。

わずか一週間の滞在で、これほど多くの人たちが訪ねてくるのだ。一か月、三カ月と、長めに滞在できれば、もっと大きな運動ができる。私もまた、彼らと同じくらいにこの世界に貢献せねばならぬ。

日本での活動が、本の執筆も含めて軌道に乗ってくれば、もっと長期インドにいることができるだろう。徐々に態勢を整えていかねばなるまい。

●夕方に、ナグプール大学の学生や女子寮の生徒たちが、レクチャーを聞きに来る。マインドフルネスの話。『反応しない練習』で書いた、代々木公園のホームレスの話。 


GDIA幼稚園の教室で仏教講座・インド編
話を聞きにきた女子寮学生と大学生(私の右隣は社会運動家の友人ワス)
ラケシュの家に戻って、ZENのドキュメンタリーを見せる。医者志望の17歳の女子は、数学や理系科目がどうしても好きになれないという。そこから数学と英語の勉強法の話(笑)。

数学と英語が似ているのは、ロジックを組み立てていく能力が必要ということ。英語なら単語を並べていくロジック(方法)をマスターする必要があるし、数学なら数的な展開(論理の連なり)を、最初の一行(「~とすると」という仮定・前提)から自分で作っていく力が必要に。

そのためには、繰り返し声を出して読むか、書くかしないと身に着かない。私の場合は、数学の証明・展開を、手が鉛筆の芯で真っ黒になるくらいわら半紙に書い て覚えた、それで数学的考え方を理解していった、という話。答えられることは何でも答えるサービス精神も、慈悲の実践である(笑)。
勉強法について議論を始める若者たち。インドの人はとにかく語らうのが好き。

24日
●幼稚園の創立記念式典は、まだ続く。主賓は昨日きてもらったので、今日は、生徒たちの踊りのお披露目会の2回め。170人全員なので、2日やらないと終わらない。さらに多くの生徒が「複数回の出演」を希望する(笑)。日本人なら恥ずかしがって遠慮するところを、インドの子どもたちはたいてい目立つのが大好きで、だれかれ構わず壇上に登りたがる。

で、そろって踊ればまだよいのだが、みないちおうの振り付けはあっても、あまり覚えない。あとは音楽に任せてテキトーに踊る。バラバラ(笑)。で満足して降りていく。

こういうバイタリティ旺盛なところが、インド人の特徴。全インド人口の4割は25歳以下である。スゴイ国である。

3歳半から5歳半まで。小学校校舎も今年建設予定。
日本のみなさんも応援よろしく!
●あとの数日は、次々にやって来る社会運動家たちとの会合。ロヒット事件は、ますます社会問題化しつつあるという。大学総長は「誤解された」とコメントし、辞任を拒んでいるという。

いや、誤解云々という問題ではなく、大学内部で起こったこと自体への「責任」を取ってもらわねばならぬのである。それが地位に就くことの責任だ。今回の場合は、辞任が最もふさわしい責任の取り方である。今後に向けての改善策は、その次の話。

トップカーストのメンタリティというのは、最初に貪欲・強欲・我欲ありきである。それを正当化しようとしてさまざまな理屈・物語を作り始める。それがときに「もっともらしく」聞こえるものだから、耳を貸しているうちにワケがわからなくなってくる。結果的に、複雑怪奇な、収拾のつかぬ「宗教」と「社会」ができあがってくる。

ブディズムが、インド社会にとっての「正しい理解と思考」に貢献できるとすれば、人間の言葉や行いの裏にある「動機」にまで遡って見透す、その智慧の力にあるだろう。スジの通らぬ表面的な言葉に耳を貸す必要はない。合理的をもってしかるべき対応を促すことである。

その後も、大臣宅の前でデモを起こした男が、妻と子どもを連れて訪問してきたり、ダンマパダ(法句経)をマラティ(現地語)に翻訳出版した元銀行員のシニアが来たりと、いろんなインド人がやってくる。顔を覚えきれない(笑)。

夜にきたシニアの男は、全インドを「アンベドカルの話オンリー」で回っているのだそう。最初はずいぶん敵対的だった。「坊主なんて信用できるわけないだろう」と、私との面談を拒否していたそうだが、社交家のワス(私がインドに初めて渡った時以来の、とにかくよくしゃべって顔の広い「天然フェイスブック」みたいな男)が、「バンテジー(私のこと)と会わせたらどうなるだろう」と興味本位で引き合わせてきた。

あまりに敵対的で、高圧的で、押しが強く、声もバカでかいので、そばにいたナグプール大の学生たちは退散してしまった。

もちろん、こういう相手にこそ「反応しない」向きあい方が効く。彼の高圧的な質問にも、ニュートラルに応える。攻撃的な言葉にも、「いや、私の見解はこうである」と冷静に返す。

受けとめて、共有できるポイントを探す――それがコツ。

間もなく、彼が「アンベドカルの(激しすぎる)信奉者」だと判明。ならば、話は簡単である。

私が十年前にインドに渡り、佐々井師のもとで得度出家し、それ以来、私はインド社会を変えていくために、この地にきている。あなたが想像する以上に、私ははるかにインド社会を知っているし、この地に同志も多い。アンベドカルがモチベーションとしていた慈悲にもとづいて行動しているのが、私である。そう知っておいてください、と伝える。

すると、面白いくらいに態度が豹変し、「ぜひ私たちと一緒に全インドを回ってください。今度は、2月13日にどこそこで大会があります――」という。残念、もう帰ってます(笑)。

すっかり上機嫌になって、帰っていった。で、大学生たちが戻ってきた。「ニュートラルに向きあう」練習をするちょうどよい機会だったのに(笑)。

そうして、早朝5時半に、ウダサ村を出る。朝早いのに、村びとたちが見送りにきてくれた。

もっと長くとどまる必要がある。彼らほど、ダンマを必要としている人たちはいないのだから。

ウダサ村の夜明け