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【出家、インドをゆく】綿の花

1月22日(日)
ウダサ村から車で20分ほど、サレーという区域で一年ぶりの記念祭。ここは私たちの新しい寺が建ちつつある場所である。

まず午前中に、お寺の落慶法要を務める(とは言え、日本人が想像するお寺の法要とはかなり違う(笑))。

行ってみると、小さな白いお堂が建っている。去年は何もなかったが、みなでお金を出し合って、一年以内にここまで作り上げたそうである。大きな仏像も置いてある(寄贈した男性が誇らしげだった(笑))。

現地の習慣で足を洗っていただきます

白くてきれいな新しい寺で法要
どんどん地元の行事に活用してほしいと伝える。一週間に一度くらい、ここでみんなでお茶会をするのはどうだろう。勉強会とか家事フリーのお昼寝会(笑)とか。どんな行事が可能かみなで話し合ってみれば、という話。そして昼食。

インドでは、食事も現場で作ってしまう。運び込んだレンガを積み上げて即席のかまどを作り、そこに大きな鉄鍋を置いて、ご飯を炊いて、ダール(豆を摺って作った汁物で、日本でいえばカレー)を作る。それを大きな葉っぱに盛って、手匙で食べる。

私の皿にはお匙つけてくれてます

●午後からは、記念祭。何の記念かというと、この場所で始まった、仏教にもとづく社会改善運動を祝うものである。


仏教旗を掲げるところからスタート。青空がきれいでした。
事の発端は、私とラケシュら地元の青年たちで、2009年にNGO (GENUINE DHAMMA INTERNATIONAL)を立ち上げたこと。

そのうち、地元で人望を集めるラケシュのところに、お寺を建てるための敷地を提供したいと言って来た男性3人が現われた。

寺の代表は私(草薙龍瞬)で、寺と施設の建立資金は、地元の人たちが出し合う。形だけの寺では意味がないので、インド社会をよき方向に変えていく活動の前線基地にしようと話をしていた。

最初に行ったときは、何もない草原だったが、今回は、白いお寺が建っていた(日本でいえば集会所的な作り)。

みんな、農民でけして裕福ではないのだが、懐を分け合って着実に形を作りつつある。このあたりの篤実さには、毎回感銘を受ける。

毎年1月の第4日曜が記念祭という形で定着しつつある。大きなバナー(横断幕)を掲げて、演壇を作って、そこで数人のゲストスピーカーがスピーチをする。

●私も話(仏教の話なのだから、ダンマ・スピーチ、つまり法話ということになる。だがなぜ日本語に置き換えるといかめしくなってしまうのだろうか(笑))。


今回は、ニュートラルの話をする。感情には三種類あって、快か不快かニュートラルか。人間はニュートラルを苦痛に感じて、快か不快かの往復を始めてしまう(ここで実際に反復横跳びをして見せてウケをとる(笑))。

ブッダもババサブも過去の偉人たちはみんなニュートラルだったという話。

しかしその快というのが、ただの娯楽や怠惰や飲酒(現地ではアルコール中毒者がかなり多い)というのでは、あとに何も残らない。

快に流れることに慣れてしまうと、心は快か不快かの刺激だけを追いかけるようになってしまって、どんどん疲弊し混乱していく。

そもそもそうした心は、刺激に反応しているだけで「快」でもなかったりする(むしろ苦痛な)のだが、反応に慣れてしまうと、そのことがわからなくなる。

ほんとは、ニュートラルが心の基本になればいい。快か不快かの感情の「真ん中」に立つこと。心を動かさないことに慣れること。それが「喜び」だと思えること。

たとえあなたの夫(会場の6割くらいは女性だった)が飲んだくれのアホな男でも(笑)、反応するだけならこちらも不快になってしまう。これは仏教でいえば「負け」を意味する。

あなたもブッダやババサブ(アンベドカル博士)のようにニュートラルでい続けよう――という話。

ニュートラルになる方法として、瞑想の仕方をガイダンス。音楽担当のプロのDJ(とはいえ丸顔のおじさんだが)の男性に壇上に上がってもらって、瞑想をやってもらう。

DJにも上がってもらって瞑想の実演。体張ってます(笑)。
今後は、この場所に大きめの講堂を作って、瞑想や仏教の教室を開く予定(寄付を呼びかけると早速少年がお金もって壇上へ)。

まずは、現地で増えているというアルコール依存症の男たちに1、2週間の療養キャンプを開きたいという提案があった。

4月から6月の間がベストという(来年以降、日程調整をせねばなるまい。体が3つくらいあれば、とこういう時に限って思う(笑))。

ウダサと、ナグプールと、ナーランダに、それぞれ小さなゲストハウスを作ろうという話も。そしたら、日本人など外国人が各地で長期滞在できる。どの場所にも拠点が必要だ。それが整えば、実のある活動を起こしやすくなる。

外から会場を見るとこんな感じ。

●私がインドにきてから十年が経ったが、ここまで私が貢献できた時間はあまりに少なかった。まずは日本での活動を軌道に乗せれば、インドに長期滞在することも可能になるだろうと思って頑張ってきた。

その甲斐あって、日本を2カ月離れても差し支えの少ない状況になってきた。もう少しであろう。(この点で、どこでも仕事ができる文筆業をいっそう軌道に乗せることが意味を持つ。今年は物書きとしてもプロになりきれるように精進せねばならぬ。)

一年ぶりのインドは、やはり体力を要する。快適な日本での暮らしに馴染みすぎると、こちらでの生活が重くなる。

出家はどこまでも無一文、無一物の心がまえでいなければならぬ。喩えるに、このインドの地でホームレスになっても路上のゴミ掃除から黙々と始められるような、それくらいの道心でいなければならぬ。

会場の外は綿花畑。今年は豊作だそう。それでも、インドでは毎年農家の自殺者は数万人を越える(地代を払えないため)。