仏教講座スケジュール

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ふたたび、出家、日本をゆく(帰国報告^^)


こんにちは、草薙龍瞬です。ようやく日本に帰ってきました。

今回は、長かった~~~~というより、なんか中途半端?な感じが残りました。

なんというか、全体的に、のどか(笑)。いつものような、仏教徒の誰が自殺したとか、殺されたとか、そういう闘いを求められる場面に、直面しなかったというのが、ひとつです。


その代わりに、劇的な出会いがありました。


◎ひとつは、仏教が滅び、今やカースト差別がまかりとおる「ラージギル」(日本では「王舎城」)で、現地に生きる不可触カーストの仏教徒たちに出会ったこと。


◎ヴァイシャ―リーという、これもブッダゆかりの土地の近くで、「ブッダトラ」という地名の、純粋な仏教徒たちのコミュニティを発見したこと。

この区域は、ブッダに帰依した婦人アンバパーリ―の生まれ故郷です。彼女がブッダたちに寄進したとされるマンゴー園がありました。

ブッダはこの村はずれの洞窟で、ひと安居(雨季の滞在)を過ごしたのだとか。ここは、知られざる仏教スポットだったのです!


◎さらに、「パルヴァッティ」という土地では、ブッダがインドラ神からの42の問いに答えたという伝説がある洞窟がありました。その洞窟を管理する人たちもまた、純粋な仏教徒でした。


◎そして、久々に再会したナーランダ大学長のダンマジョーティ師が連れて行ってくれた、ブッダと同じシャカ族の末裔たちの部落も。あの「シャカ族」です。

中には、ブッダの像を隠して、代わりにその母マーヤを、ヒンズー教のラクシュミ―の姿に似せて、崇拝していた部落も。

ブッダを直接祀っていたら、ヒンズー教徒たちに破壊されるため、こういう戦略を取っていたのです。まるで江戸時代の隠れキリシタンみたいに。


――今回の大きな収穫は、ヒンズー教に侵蝕されていない、原始の仏教コミュニティが、見つかったこと。

ただ彼らは、仏教が何かを、ほとんど知りませんでした。パルヴァッティの村では、「いつもやってるお経言ってみて」といったら、「ブッダーン、サラニャーン、ガッチャ~ミ~……サードゥ!」でおしまい。

洞窟の中で、一緒にパーリ語のお経を唱えたのですが、みな手を合わせて、一生懸命で――(涙)。


今の時代、純粋な仏跡や、仏教徒のコミュニティというのは、ほぼ死滅しています。ブッダガヤや、クシナガラといった、仏教ゆかりの場所でも、管理しているのは、実はバラモンたちです(かっこは坊さんなので、見分けがつかない)。

どの場所にいっても、ヒンズーの祠と、神々の像と、バラモンたちが、大事なところ(たとえば山の頂上とか、仏跡があった場所とか)を占拠してしまっています。


ところが、今回行ったところでは、そのヒンズー教の勢力をほとんど感じない場所が、いくつかあったのです。


インドは広いと感じました。まるで、昔の川口浩[かわぐちひろし]探検隊みたいな心境に(知らないか(笑))。

インドの森深くに、幻の仏教徒コミュニティ発見!!!!みたいな(笑)。


●今後は、ブディズムという思想を、現地の言葉に置き換えて伝えていくことになるでしょう。

力強く、明快なメッセージをもって、彼らの今後を励ましたいと思いました。


頑張れ。ダンマ――人間すべてが幸福になれる道――を、この場所で確保せよ、と。


日本の仏教講座で配っている資料を、まずは英語に。それを現地の仲間に翻訳してもらって、印刷して、彼らのコミュニティに配る。


輪廻などない。カーストもない。人間に苦しみを強いるいかなる理屈も、妄想でしかない。


そのブッダ本来のメッセージに目覚めよ、覚醒せよ。

そしてこの現実の世界のなかで、望みうる最高の生き方を実践せよ。

ブッダが伝えた正しい道に立つのだ――。


そんな思いでした。


とはいえ、現地にいけば、気のよい、純朴な人たちとの、喜の心の交流があるばかりなのですが(笑)。


ちょっと中途半端な思いが残った、というのは、出会いに留まり、その先のブディズムの分かち合い、というところまで、時間的に進められなかったからです。


●ただ今回は、日本でお寄せいただいたご声援と、自分自身の志をけっこう足して、かなりの慈悲、貢献を果たせたように思います。

ご協力いただいたみなさん、どうもありがとうございました。


ふだんは、ヤクルトジョアでさえ、大人買い(といっても2本)をためらうほどの倹約家です。

しかし、この地で人々に出会い、現地の問題を理解して、はて何ができるかを考えた時に差し出せるものというのは、とても自然に、自らの務めであり、友情の証として、出てきます。


そして今回ほど、お金が力になるということを実感したことはありませんでした(実感しなかったのは、発想が貧乏症だし、実際に貧乏だからですね(笑))。


日本に帰って最初の二年は、食いつなぐのに精いっぱい。

その後、本を出せたことで(お陰さまです)、教室に来られる人たちがちょっと増えてきて。その頃は、教室に「竹筒」を置いて、カンパを募っていました。

一年以上かけて、十万円ちょっとさずかったので、それを大事に、4年ぶりにウダサ村に持っていきました。


それが今回は……! 


「たいへんよくできました」です。来年以降も、しっかり持っていかなければ。


そのためにも、ここから日本でまた、しっかり活動したいと思います。


まずは、次の本の原稿を完成させなければ(まだやってないって? 真心こめて作るなら、本は年に多くて数冊です(笑))。


今は連載を二本いただいている(NewsPicksとPHP暮らしラク~る♪)ので、インドでも、帰りの空港内でも、文章を書いていました。

どこでも、ヒマがあれば、何か書いている。それがなんだか、自然にできるようになってきました。


きちんと命を燃やすこと。そのためには、正しい動機と、正しい行いと、正しい方向性とが、必要になるでしょう。

この三つがそろえば、毎日が、ごく自然に回っていける。

十二分に生きていながら、疲労しない、そんな毎日が可能になるように思います。


帰国後は、3月20日の講演会から早速スタート。4月からはカルチャー(東武、東急、朝日)です。神楽坂は、どうするか考えます(笑)。


●とにかく! ブディズムを、ただの宗教、観念、知識、妄想で終わらせないことです。

これは生き方の問題なのです。
自分自身が苦悩を抜け、心の自由を、最高の納得を引き出すための、実践なのです。


勘違いしている言葉が、世の中にはあまりに多い。多すぎます……。


大事なのは、何が仏教か、というより、その仏教で自分の現実がいかに変わるのか、という問題のはず。

おのれのめざすところ、自分自身によしといえる生き方は、一体どこにあるのか?という問題。


そこに答えを出せるなら、仏教じゃなくていい。なんだって、正解です。


そこまで開かれた、突き抜けた、目覚めた発想を、持てぬものか――そんなことも、暗い言葉が飛び交う、せちがらい日本の実情を見るにつけ、感じることがあります。


どのような人生も、やすらぎと自由と喜びと、思いやりと、励ましを、そのゴールに据えること。

そのゴールだけを思い出して、曇りがちな心の眼を醒ますこと。



明るい方向へ、心を立て直すことです。

道は、もうすでにあなたの足元にあるのだから。

歩き出すだけでよいのです。


もうすぐ日本!