仏教講座スケジュール

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ああ、中途半端

12月15日
いよいよ師走も後半に突入した。

世間の人は、一年の締め括り、年度末で慌ただしくなさっているのだろうと思う。

私の場合は、大みそかから正月にかけてが、実は一番忙しかったりする(笑)。というのも、自分の心を深く見つめて、本に託する言葉を掘り起こす、最後の期間になるからだ(前回もそうだった)。

家庭をもたぬ出家の身の上がありがたい(?)のは、年越しや新年の挨拶・行事というのが、見事にないこと(笑)。

ありがたいのか、淋しいのかわからないが、静寂のなかに沈潜できる――。

それは喩えるなら、深海の底にひとり佇んで、何かを祈っている状態に近い。

世界の中でひとり、人々がそれぞれの家庭・つながりの中に戻っている最中に、闇の底のほんのり照らす明かりの中にいるような心境になる。

つつしみと、慈悲と、この命はまだまだ働きを果たせるという(ちょっと欲張りな)思いと――。

それは「祈る」という言葉が一番近い。そんなひとときになる。

今書き進めている本もまた、祈りのようなものだ。毎回、遺書を書くつもりで書いている。

●もうひとつ、また来年早い時期に、インドにゆく。

正直、年々、しんどくなってきたのは事実である(笑)。水も空気も食べ物も言語も人間も、何もかもが違う。どちらがラクかといえば、圧倒的に日本である。

だが、インドにゆけば、また別の使命が待っている。彼の地には、生粋の仏教徒たちがいる。彼らにとって仏教は、未来への希望である。日本から毎年訪れる出家を、心待ちにもしてくれている。

必要とされている――その事実があるかぎり、私はいかねばならないと思う。

昨年偶然発見した、パルヴァッティという部落は、インドでは実に稀有な、ヒンズーに侵されていない仏教徒コミュニティだった。

(これが人間の家かと思わざるを得ないほどの、大量の牛糞に占領されたあばら家があった。そこに棲む男も、不可触民の仏教徒だった)

彼らの祖先たちは、ブッダの像を隠し、ブッダの母マーヤを、ヒンズーの女神サラスバティに見せかけ、四聖諦を四つの、八正道を八つの石柱で表現して、仏教を守ろうとした。

だがその工夫が仇となって、四聖諦も八正道も分からなくなって、お経と言えば「ブッダン・サラナム・ガッチャーミ(私はブッダに帰依します)」の一言しか今は知らないという、哀しくなるほど危うくて、しかし篤実な仏教徒たちがいる。

彼らがブッダの道に再び邂逅することは、それだけで二五〇〇年の歴史の中に燦然と光を放つ奇跡になる。

一生かけても成し遂げなければならない、最重要な使命でもある。

ところが――私は毎年二カ月ほどしか滞在しないのである。一つひとつの場所に滞在できる期間はもっと短い。

もし私が日本での活動をすべて捨てて、現地に根を張れば、おそらく現地の言葉を覚え、英語で本を書き、道を説き、人々に、カーストや輪廻といった妄想をつきやぶって自由に生きる方法を、魂を込めて伝えるであろう。

ところが、現実には、そこになかなか到達しない。考えてみると……あまりに中途半端である。

日本でも半端者。インドでも半端者。どちらの人に向けても、スミマセンという言葉しか出て来なくなる。正直、深夜に泣けてくる(笑)。

……という夢を見た。私はほとんど夢を見ないが――妄想しないがゆえの功徳なのか(笑)――だが最近、こうした夢を見たのである。

インドの人たち。仏教を求めて、今もはっきり光明の見えない世界で生きている人たち。貧しく、地位は低く、本当に素朴に生きているが、私の目には美しく、愛らしく、ひたむきに生きている命がある。

結局私がインドの大地に戻って、また新しい命の芽を吹き返す思いがするのは、日本とはまったく異観の風景に胸がすく思いがするとともに、人々の命の美しさに当てられるからなのだろうと思う。

私はインドで一生を生きていきたい。生きて、燃え尽きて、仏道をつらぬいた出家として、インドの大地に帰りたい。

そんな夢を見た。

でも日本のみんなも好きなのである(笑)。

人生は哀しい。短くて、そして中途半端だ。

ウダサ村の夜明け