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生きられるかぎりは、生きてごらん


【出家、インドをゆく】
生きられるかぎりは、生きてごらん

●1月27・28日は、私たちの学校の創立記念祭。メインは、生徒たちのダンスである。インドが世界に誇れる――正直そんなに多くないかもしれない(笑)――もののひとつに、音楽があると思う。

インドポップス(ボリウッド・ミュージックと呼ばれるが)の、ビートの烈しさとメロディの豊かさと、男女合わせて集団で踊るダンスは、インドが世界に誇れる芸能の一つだと思う。

毎年、この二日間は、3歳半から11歳までの子供たちが、ステージに立って、踊ったり、お芝居したりする。みんな生き生きしている。それを大人たちが見物に来る。出店もやってくる。ちょっとしたお祭りである。

オープニングはウェルカム・ダンス【坐っているのはブッダで、衣を提供したのは私(笑)】

子供たちのダンス
楽しそうに見つめる大人たち

ノブも来てます

ランチは学校からふるまいます

出店もきます
大人たちが奉仕します(世代の断絶が少ないのがイイところ)
終了後は舞台の上で遊んでます
後片づけと食事のお布施(葬儀に来た人たちのために)。みんなよく働きます

●2日目の午後、その事件は起きた――近所の家で、少女が首を吊って自殺したという。ちょうど4日前に私も昼食をごちそうになった家。ラケシュは両親とともに病院へ。記念祭は、さすがに盛り上がり続けることができず自然閉幕してしまった。

なんとも痛ましい出来事が起きてしまった。この村ではじめての自殺だった。

夜、その家を訪れた。地元の人、聞いてかけつけた縁者たちが、外の道にも、部屋の中にもひしめいている。今宵一晩、彼らは寝ずに過ごすのである。

床に座り込んだ婦人たちの合間を縫って、部屋の奥に横になった少女と再会した。細い体を、ドラえもんをあしらったブランケットで包んでいる。そばに、悄然とした母親が座り込んでいる。

私は、その少女の額に手を当てた――目を閉じて、息をひそめて、何かを感じとろうとする。

すると、伝わってきたのは……「後悔している」という思いだった。

そうだねえ、愚かなことをしてしまったものだねえ、と話しかける。

(あとで聞いた話だが、少女は、聡明で快活で、自殺するような人間ではまったくないとみんなが言う。いったい何が起きたのか、みんなまったく理解できないという。)

私に伝わってきたものは――それはもちろん私が勝手に感じているだけで、決して正しい理解というわけではないのだが――、

少女は決して、死を望んだというわけではなく、また死を選びたくなるような苦しみがあったわけでもなかったらしいのである。

ただ、何かが少女の心の中に起きた。自ら死を招くような危険なふるまいをやってみようと思ってしまった。だがそれは、決して苦悩の果てに追い詰められて……というものではなかった。

よくわからぬのだが、そんな印象が伝わってきた。少女のうすく開いた目は、もちろん光を失っていて、何も語らないのだが。

愚かなことをしてしまったねえ。一度起きてしまうと、もう二度と戻って来られないんだよ。

(戻ってこられないの?)――という声が聞こえる気がする。

そう。戻って来られない。絶対に――。死というのは、そういうものなんだよ。本当に、本当に、残念だけれど……。

少女は、決して何かに苦しんで、追い詰められていたわけではなかった。ならば、なぜそんなことを自ら招いてしまったのか……。

若い人というのは、死というのがどういう現象なのか――「不可逆」、つまり一度起きたら二度と後戻りできないということを、いまひとつ理解できない様子である。

なにかしら、死に特別な意味があると思うのか。死んだ後にどこかに行けると思うのか、何かが見られると思うのか、そしてふたたび戻って来れると思うのか……。

生きている年数がわずかだからか、未来がたくさんありすぎるからなのか、死というものが、絶対に戻って来られない「絶対」であるということが、どういうことか、わからないらしいのである。

死を招く行いに踏み入ってしまって、間もない瞬間に(その瞬間は踏み出してすぐにやってくる。そんなに時間はない)、「しまった」と思う。

だが、そう思った時点では、もう絶対的に遅い。

どんなに後悔しても……けっして元には戻れない。

少女は、どうやらそのことを理解してなかったらしい。そして後悔が残った――そんな印象を持った。

母親は、表情を止めたまま、座り込んでいる。今ここに来ている生きている者たちは、誰も、少女が選んでしまった死というものを、理解していない。大人たちは、死が不可逆であることを知っている。だから、みずから死を選ぶということは、大半の大人たちにとってはあまり考えられないことである。

だから、身近な人間が死を選んだ時には、「なぜ?」と思うしかない。もちろん、その理由はまったくわからない。だから「なぜ?」で心は止まってしまう。そこで動けなくなってしまうのである。父、母、そして11歳の弟は、全く理解できない出来事を、まったく不慮の内にぶつけられて、止まるしかない。「なぜ?」という問いの中だけにうずくまらざるをえない。

私は、少女の額に手を置いたまま、語りかけた。

「阿呆なことをしたものだ……。キミは本当に、阿呆なことをしてしまった。間違いを犯してしまった」

(もう遅いですか?)

「残念だけれど、遅い。一度そっちに行ってしまったら、二度と戻って来れない。やり直せないんだよ。本当に残念だけど」

(……)

「仕方がない……。心はね、ときどき、とんでもない過ちを犯すことがある。それは自分の意志ですらない。だけれど、人間は、ときどき、間違いを犯すんだ」

「お父さん、お母さんに、ありがとうと伝えてあげなさい。いい人生だったと。いい時間をさずかったと。楽しかったと。君が伝えるべきは、生きていた間にめぐり逢った人たちへのありがとうだ」

「犯してしまったあやまちは仕方がない。悔やんでも、責めても、それはもう、しようがないんだ」

「だから、これから先、もう一度、どこか新しい場所を見つけなさい。そして新しい人生を始めなさい。いいかい? 新しい場所を見つけるんだよ」

――そう伝えた。その部屋に集った人たちにはまったくわからないはずである。


●翌日の真昼に、少女は、人々に担がれて、街道を運ばれ、村はずれの火葬場に到着した。

薪と枯草の上に、細い少女の亡骸を置いて、さらに太い木枝や枯れ草を載せる。両親や親戚たちは号泣している。火をつける。渇いたインドの空気である。あっという間に焔を挙げて、黒煙が吹きあがる。

何メートルも離れたところにいる我々でさえ、熱さが苦しくなるほどの灼熱である。そんな炎の中に、17歳の少女の亡骸はある。これほどの灼熱さえなんとも感じないところに、少女は行ってしまった。

死という絶対的事実に直面すると、過去の思い出というのは、現在の生があって初めて、輝き生きるものだと実感する。父と母には、子供が生まれる前からの記憶があり、生まれた瞬間からの、子供に向けての思いと、一緒に生きた時間の記憶がある。

その思いと記憶は、今日もまたともに生きているという現在の中でこそ初めて生きる。過去が生き続けるのは、生きている現在があるからこそなのである。

だが、現在が、死という絶対によって奪われてしまった瞬間、過去もまた命を失ってしまう。生きているからこそ、過去を振り返ることもできるが、生が絶対的に失われしまえば、過去も絶対的に失われてしまう。

死は、未来だけでなく、過去をも奪う。心が、時間を失う。

そういう絶対的な「止」が「死」である。すべてが止まってしまう。生者は、その現実の中で立ち止まるしかない。どうやって生きていけばいいというのだろう。

激しい焔を、縁者たちと村人が囲む。そこで私はお経を唱える。人々も復唱する。

「○○○であった生命よ、もう一度、どこか場所を見つけて、よき人生を生きてゆかれんことを」

そう言葉を捧げる。

――私は、人間が信じているような輪廻や再生というものは、けして考えないし、語らない。そもそも生命というのは、天地に存在するすべての存在との因縁によって成り立つ、ひとつの現象である。

その現象が、肉体が潰え、この世界から切り離されてなお、そのままの形で存続するというのは、現実的ではない。肉体が影響を受ければ、心は変わる。肉体を失ってなおそのまま続く心なるものがあると考えることのほうが、正直、あまりに非現実的ではないか。

だから、少女であった心が、そのまま次の人生へ――ということは、私は見ていない。

むしろ、少女であった心がもし残っているとしたら、この世界に残された人間が、その心に語りうる言葉があるとすれば、向けうる思いがあるとしたら、どんなものか――というその一点において、

言葉を選び、思いを向ける。

それくらいしか、生きて残された者たちにできることはない。


●その日の夕方、ラケシュの家の前に、生後2か月くらいの子犬が二匹置かれていた。捨てられたのか。

すると、ラケシュの家にいついていた大型の犬が、二匹の子犬に近づいた。どうなることか、と見ていたら、なんと犬が、子犬の片方をガブリと噛んで、ぶるんぶるんと振り回した。子犬の断末魔の絶叫が響き渡った。

急いで駆け寄ったが、子犬は虫の息だった。血を流し、白目を向いて、動かない。力が抜けた小さな体から、残留していたものが排泄されてきた。

なんとも……。可哀そうに。せっかくこの世界に生まれて、まだわずかしか生きていないというのに。なんの罪もないというのに……。

動かなくなった首の下に手のひらを入れて、しばらくそのままにしていた。

ラケシュになんとかならないかと尋ねたが、「あとわずかな時間しか残されてないよ」と悲しそうに言う。

哀れな君よ――生きてごらん。生きていれば、いろんな楽しいこと、素晴らしいことがあるよ。そう語りかけた。

命というのは、死ぬまでは、命である。生きているかぎりは、あきらめることはない。もう一匹の子犬は、哀しそうに、横たわった兄弟犬の腹にあごをのせて這いつくばっている。

ラケシュがミルクを持ってきた。元気なほうの仔犬が、よほど腹を空かせていたのか、夢中でかぷかぷと呑み始める。私は、ハンカチにミルクを含ませて、傷んだ仔犬の口元に運んだ。もう動かない。

時間は過ぎていった。日が落ちて、徐々に暗くなっていく。ラケシュも家に戻ってしまった。私は、どうしてもあきらめることができず――というより、あまりに哀れだったので、ただ悲の心で、この生まれたての命がほんとうに止まるまで、そばにいてあげようと思った。それくらいしかできない。ただ、これがきっとこの幼い命とのつながり方なのであろうと思った。

小さく力を失った頭を手のひらで支え、左手で血に濡れた腹をさすってやった。生きていれば、いいことがいっぱいある。これからじゃないか。生きてごらん――そう語りかけ続けた。

もう一度、ミルクにひたしたハンカチを口元に運んだ。すると、舌を出して、ぺろぺろと舐めた。

おお、おいしいかい。そうかい。もっと飲んでごらん。ミルクをたっぷり含ませて、人差し指を包んで口元に持っていくと、舐めだした。生きてごらん。生きてごらん。と、日本語で語りかけた。

しゃがんだ膝の上に抱えると、くう、くうとかすかな声で鳴いている。頭の真下に手のひらを置いて、顔をこちらに向けると、つぶらな瞳で私のほうを見た……。

私がひとつあきらめきれなかった理由は、子犬の体に噛まれて残る穴が見当たらなかったからである。もしかしたら、生き延びられるのではないか。生まれたての生命は、そんなに弱いものじゃないだろう。死ぬその瞬間まで、可能性は残されているだろう。ならば、その可能性だけを感じとって、ともにいてあげればよいではないか――という思いだった。

あきらめが悪いとか、往生際が悪いとか、執着ということではなく、その命が風前の灯であったとしても、それは命の「弱さ」であって、命が「存在しない」ということではない。命が存在しつづけるかぎりは、感じることは可能である。寄り添うことは可能である。ならば、寄り添い、感じ続けることが、命が命に向けて、できることであろう――。そんな思いであった。別に執着するわけではなく、ただ命あるかぎり、命つづくかぎり、その命を感じるところにこの命を使えばいい――そういう思いである。命あるかぎりは、命は続いているのである。なぜ「あきらめる」という発想が出てこようか。そんな思いはない。

――次の瞬間である。仔犬は急に息を吹き返して、首を起こした。足が動く。そして、大地に降ろしてあげると、血に濡れたまま大地をよろよろと歩き出した。

「ラケシュ! 仔犬が動いた。生きていけるぞ!」と私は叫んだ。

満身創痍で、一晩持つかわからない。私が一晩看病しようかと思ったが、居候先のご家族が歓迎してくれるわけでもなさそうだ。

結局、友人のひとりが、二匹を預かってくれることになった。私が伝えたのは、とにかく一晩、話しかけて、触れてあげること。語りかければ、心は反応して応えようとする。そのことが大事なんだ、と伝える。

今日、仔犬が蘇生したのも、一生懸命語りかけ続けたからのはずである。もし死ぬものとあきらめて放置していたら、心は動く機会を失って、そのまま活動を止めていたことであろう。

HONDAのバイクに、友人二人が乗って、その間に子犬二匹を乗せる。さらには、1歳のノブまでバイクに乗っかる(笑)。本気?と聞くと、「ノブはバイクで出かけるのが好きなんだ」とラケシュ。このへんがインド的だ(笑)。

私の懐に首をつっこんで、くうくう鳴いていた仔犬は、私のほうを見つめた。「生きなさいよ。生きていくんだよ。生きていれば、いっぱいいいことがあるからね」。 

その夜、仔犬は病院に運ばれて処置を受けて、友人の家に飼われることになった。

数日して、もう歩けるようになって、兄弟で喧嘩もしているという。

生きているということは、可能性だ。
可能性こそは、最高の希望であり、喜びだ。

生きていくんだよ。

息も絶え絶えだった仔犬と兄弟
生きていると楽しいことがいっぱいあるよ
数日後の仔犬。手前が噛まれた犬。命はそんなに弱いもんじゃない。あきらめるな。