仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
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開き直っていこう!


こんにちは、草薙龍瞬です。

神楽坂は、雪まじりの冷たい雨が続いています。

今日、サラちゃんが戻ってきました(預かって下さったご夫妻に感謝申し上げます)。

でも、ずっとお外に出かけたきりです(笑)。二度ほど戻ってきてご飯を食べて、またふいっと外に行ってしまいました。久々のお外が楽しいのか、久々の場所で居心地悪いのか。たぶん両方(笑)。寒かろうに・・・。


●昨日は、名古屋(栄中日文化センター)で3か月ぶりの講座がありました。

ひとつの話題として、「反応せずに理解する」というのは、どれくらい練習すれば可能なのか?という話が挙がりました。
厳密に言えば、これは妄想に基づく質問――本来は、実践あるのみ――なのですが、
かなり聞かれる質問でもあって^^)、こんなふうにお答えしました――

「最初は、反応してしまって(たとえば怒ってしまって)、後で気づく、という状態だけど、

その「後で気づく」を重ねていくと、次第に、リアルタイム――反応している間――に気づけるようになる。

さらには、反応する前に気づく=理解するようにもなるので、
そこまでいけば、「反応せずに理解する」――だから怒りが湧かない――状態にもなる」
具体的な期間というのは、なんともいえない(笑)。
ひと次第、練習次第。そんな内容でした。


●昨日は、特別講座ということで、新しい人がたくさんきてくれました。

最新刊『自分を許せば、ラクになる。』宝島社 を買って、福岡から来てくれたというご夫婦も――。ありがたいです。

いろんな感想、暖かいご声援は、やはりありがたいです。本当に感謝に堪えません。


最近、仏教書の売れ行きに元気がない、という声を、ちらほら聞きます。とくに新刊の動きが鈍くなっている(比較的古い本のほうがまだ根強く人気だったりする)というような話が届きます。

本の送り手も、いろいろと反省しなければいけないのでしょう。たくさん似たような本が出てしまって、飽和状態になっている感もなくはない・・・。

本を生み出す役割の一端を担っている私としては、とにかく、

ひとさまに読んでもらうに値する新しい価値を作り出すこと、
その価値を最大化すること、

に、いっそう力を尽くさねば、と思います。
毎回新しい価値を創造することに挑戦しています(だから今回は「物語・小説」形式です)。

本には最大限の愛情をこめて、そして、
手に取ってくれる人に向けての「手紙」みたいなつもりで、書いています。

次の本は、5月か6月――今その執筆に専念しています。

今回、かなり遅れてしまっているし、
中身については、再び自著史上、最高のクオリティをめざしたいという理由で、

仏教講座は、しばらくお休みになりそうです――各地カルチャーのみ、開催しています(東武、栄中日、朝日カルチャーは、4月から再開です)。


最新刊『自分を許せば、ラクになる。』読者さんの感想

こんにちは、草薙龍瞬です。

最新刊『自分を許せば、ラクになる。』宝島社の感想を続々いただいていますので、いくつか紹介します。著者のコメントつきです――


●(福岡県・女性の方)

「物語で、
ブッダの教え…変わってる」と、読み出すと、主人公の「僕」は、まるで自分のようでした。

私も主人公のように仏教ノート(
私は興道の里ノートとしてます)を去年の暮れから作っています。

私も神楽坂の仏教講座に行ってみたい。でも福岡からは遠いし、
事を休めないしと、
思いついたのが、
2011年からの興道の里のブログの中からブッダの教えを学べるところを書き出しては、主人公のように読み返しています。


「私はいつも、何にあんなに怒っていたんだろう?」「いつも、に向かって急いでいたんだろう?」
この本を読んで考えました。
歩く時は、いつも、早足で人に追い越されたら、ムッとして、また、怒る。

怒っているから、何かに挑むように急いでいたのか、
何かに向かって急いでいたからイライラして、怒っていたのか。いったい、何に向かって……?

最近、マイテーマを「まずはとにかく、ゆっくり歩く」
にしてみました。
駅までの道を一歩一歩、
足の裏にかかる重みを味わうように「右、左、右、左」。

急ぎ足の人が、どんどん私を追い越して行きます。しかし、全然、
気にならなくなりました。「私は急いでないから、どうぞお先に」とさえ、思えました。

マイテーマを実行するようになって、
ちょっと変わったなと思うことがありました。
仕事もその他、
日常のことも、その時その時を丁寧に行動するようになり、人のことがあまり、気にならなくなりました。

でもまた、隙あらば、
またいろんな妄想が次から次へとそれが真実かのように浮かんで来ます。以前の私なら、その妄想に執着し、っては疲れていましたが、

最近は、「あー、また、
怒ろうとしてる。もう懲りたでしょ!」と自分に言うと、スーっと抜けてしまい、笑って心が軽くなるのが感じられます。

まだまだ、これからです。よーく心を観察して気づき、
妄想の出番が少なくなるように心を見守ります。また心が迷うようなことがあれば、「自分を許せば、ラクになる。」のページを開き読み返します。

急がず、ゆっくりと精進して参ります。
ありがとうございました。


――こちらこそありがとうございます。そうですね。怒るべき状況から離れても、なお怒っている。

その姿には、本当は理由はなくて、その都度反応しまくっていることも、実は理由がない、

つまりは、怒らなくていいし、反応しなくていい、ニュートラルでいい。

「この瞬間は、ラクでいていいんだ」と気づけることが、大事なのでしょう。

この気づきは、革命的な変化を、日常にもたらします。

でも、ラクになるのを拒むのが、心の性質。
特に「妄想」こそが、ずっと怒り続ける、思い詰め続ける元凶ですね。

妄想を抜ければ、「この瞬間はラクでいいんだ」という真実に目覚めます。
その覚醒が、人生のターニングポイントになるのでしょう。

この方が気づいたように、
「はて、なんでわたしは、この瞬間に苦しんでいるのかな?(理由ないじゃん)」と気づくように練習したいものです。


ちなみに、『自分を許せば、ラクになる。』の 第五章 冬
は、主人公の青年が「妄想を抜け出す」章 になっています。

丘の上の公園で黄昏時の住宅街をながめる風景がありますね。あそこは「善き方向性」を考えているうちに、

「このまま妄想の中に閉じ籠もっていてはいけないんだ!」と気づくくだりなのです。

妄想が、怒り続ける心を生み、
妄想が、エイコに対して素直になれないムダな抵抗を作り出している。

妄想を抜ければいい、もう僕は抜けなくてはいけないんだ、
とうっすらと気づくところから、
 
青年の心はどんどん軽くなって、坂道を駈け下りていくのです。青年の人生のターニングポイント。

そして和尚に再会して、妄想を抜け出すということを、言葉ではっきり聞く。

このとき、長く人生を支配してきた怒り=許せないという思いを作っていたのは、自分の妄想なのだとはっきり自覚するのです。

「自覚」したことで、青年の人生は、百八十度変わります。

妄想を脱出する――それが「冬の章」の位置づけ(裏メッセージ)なのです。


ちなみに、和尚と再会する場面は、最初、最終章の「再び春へ」に入っていました。でもインドで推敲しているうちに、「いや、これは妄想を抜けるという劇的変化として「冬の章」に入れるべきなのだ、と気づいて、編集者さんに無理を言って差し替えてもらったところです。

最終章の「再び春へ」は、妄想を抜けた後の軽い心、希望、新しい人生を予感させる内容になっています。まるで、一気に草花がひらくように――。

ラストの「白く輝いていた」のひと段落は、青年が妄想を抜けたことで、新しい人生が始まったということのメタファー(比喩)です

そんな理解をふまえて、もう一度読み返していただければ^^。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

●(50代・女性の方)
この〇年程、家族もバラバラ、病気にかかり仕事を失い、人生は苦しい事ばかりで、辛い日々をどうにもできず悩み続けていました。暗闇の中で混乱と涙の毎日にブッダの教えに出逢いました。

中でも草薙龍瞬さんの著書は、優しくすっと体に入ってくる感覚で、何度も何度も読み返したくなる本です。

反応しない練習とこれも修行のうち。は、デジタル本購入後に紙の本も購入しました。その時に自分を許せば、ラクになる。も一緒に購入しました。

手にして、すぐに一気に読んでしまいました。事前にこの本の情報をいっさい知らなかったため、物語、小説になっていることに感動し、主人公の僕に感情移入して泣きながら読みました。

先ずは、このストーリーに感服しました。一青年の苦悩は多くの人の苦悩とリンクする物です。
彼の日々の生活もすぐに想像できるリアリティで、その小説の質の高さに驚きました。
小説という手法はとてもすばらしいと思います。
ぜひまた違う課題を小説という手法で産み出して欲しいと思います

私はまだ自分の感情を見る、妄想に気づくようになるを目標に日々を過ごしていますが、
中々見えてはこないし妄想も消えてはくれないことも多く、苦しみも小さくなるのはまだまだ先だなと感じています。

私にもラクに生きる日々が来る事を願って、日々精進して参ります
素敵な本をありがとうございました。これからも頑張って下さい。


――こちらこそ、ありがとうございます。

この方も、妄想を抜けることの大事さに気づいてくださっていますね。

日常の中に重たい現実が現われてくるのは、避けられない。仕事、家族、人間関係、過去、未来……。

ただ、それにお付き合いして、心まで重たくする必要は、本当はない。
少なくとも、ラクでいられる時間は、ラクでいればいい。

そんな当たり前のことに気づかせてくれるのが、仏教です。ほんとは、ひとは、もっとラクに生きていいはず……。


◎ちなみにこの方は、「小説」として受け止めて、しかも、しっかり自分にとっての意味を引き出してくださっています。

実は「小説として受け止められると困るな・・・」というのは、作成段階で検討したことで(とてもではないが、かないません)。
当たり前のことながら、この本は「小説らしい小説」とは違います。

それは、「方向性」を定めていること。そして、今の時代に伝えるべき=すべての人間が手に入れるべき、「方法」を語った本であることです。

小説なら、描写を尽くして、読者にひとつの「リアル」を、疑似体験してもらわねばなりません。ただそこを狙うと、「方向性」も「方法」も伝わらなくなってしまいます。本の種類がまるで変わってしまう・・・。

「方法」を伝えるうえで必要のない描写は、あえて削ぎ落とす。今回、小説的描写として取り入れた表現はみな、主人公の「感情」に共感してもらうという効果の一点だけを狙って書いてあります。

だからそれ以上の効果を持たせないように、あえて簡潔に、あえて掘り下げず、読みやすさ重視で、言葉を選んでいます^^。

『反応しない練習』その他、過去の著作の、どの言葉にも、なんとか頑張って意図をこめて書こうとしています……

そこがちゃんと伝わってくれている読者さんが多いことが、私が今一番、安堵ととともに喜び・感謝を感じていることです。正面から受け取ってくれるみなさんに、感謝と敬意を贈ります。


◎日本は、そろそろ春到来だとか。

この本は、春の訪れ・新学期にふさわしい、新生活への応援となるように、と編集者さんと頑張った本です。

ぜひ、晴れた春の日に、この本を持って公園にでも出かけて、あらためて読んでみてください。

春の季節と、この本とをセットで満喫していただけたら――そんな贅沢な希望をもちつつ、日本のみなさんにエールを贈ります。



『自分を許せば』Q&A 知っていると役立つ?豆知識


【メール通信から】
こんにちは、草薙龍瞬です。間もなく帰国します。

最新刊『自分を許せば、ラクになる。』へのご感想、そして内外でのあたたかいご声援、ありがとうございます。

読者さんからのご質問にお応えします。知っていると飲み会などで使える?裏情報つきですので(笑)、ぜひご一読ください――

●(男性)はじめまして。「自分を許せば、ラクになる。」を拝読しました。まず、表紙がとても綺麗で暖かさを感じました。

私は長年怒りの業を抱えていたので、この本はピッタリでした。ブッダの教えが大変分かりやすく書かれていて一気に読めました。多くの智慧が授けられているので、再読したいと思います。これから千歩禅とサティを日常に取り入れていきます。私も怒りの業と訣別したいです。凄く貴重な教えをどうもありがとうございます!

さて、新刊本を読んで聞いてみたいことがありましたので、質問しても宜しいでしょうか?

Q1 こちらに出てきた里と和尚さんは実在するのですか?

いいえ、実在しません。こんな場所があったら面白いなぁという想像です(笑)。ただ「興道の里」を作るとしたら、こんな感じかなというイメージを元にしています。
「和尚」も、想像上の人物です。「長身の外国人っぽい」で、イケメン和尚の設定です。なので、著者ともまったく違います(笑)。

ちなみに、「青年」もけっこうイケメンの設定です(笑)。ご参考までに、執筆時にスケッチしたキャラクターイメージを、アップしておきます(自由に想像したい人は、見ないでください(笑))。



「小僧さん」は、知る人ぞ知る「サマネン君」の幼少時代です。PHP月刊『暮らしラク~る♪』に昨年連載していた文章に、サマネン君のイラストがちらほら出てきます。

これは興道の里季刊誌に掲載していたものです


Q  美しい表紙はどなたの作品で、いらっしゃいますか? 本当に素敵で、眺めていると心が清く温かくなります。

――今回の素敵な表紙絵は、イラストレイターのふすいさんが描いてくださいました。装丁はbookwallさんです。実に温かみのある、春の贈り物にふさわしいカバーにしてくださいました。

ちなみに、章扉のデザインは、bookwallさんがいくつも案を出して下さった中のひとつで、桜の花びらとか秋の紅葉などのモチーフは、ふすいさんが特別に!描き下ろしてくださったものです。立体的で、季節感に溢れていて、とても美しい章扉にしてくださいました。

オビを取れば、春の白い花が見える。さらに、カバーを取ったら、本体の表紙にも一工夫なされている(チェックしてみてください)。このあたりは、イラストレイターさんと担当編集者さんのアイデアだと思います。感謝しかありません(=人=)。


――今回楽しかったのは、「物語として仏教のノウハウを描いてみよう」と考えて、いろんな小説や、歌の歌詞や、映画などを学ばせていただいたことでした(さらなる裏話は、春からの教室でお話します)。

クリエイターというのは、すごい方々なんだな~~と思いを新たにしました。

すみません、ちょっと語りすぎたでしょうか。引き続き、ご愛読いただければ幸いです。

ご感想・ご質問も、お待ちしております。
あたたかいお声を、ありがとうございます。
草薙龍瞬御礼





新しい芽も吹いている


◎もはや世界有数のヤクザな町らしいとわかってしまったブッダガヤを離れて、車でナーランダに向かった。

(中略)


途中、ラジギールに立ち寄った。

マガダ国王ビンビサーラが作ったという頂上までの石の道「ビンビサーラ・ロード」に、ブッダガヤと同じく物乞いが並んでいる。観光客がお金を恵む。

子供が手にしたお金を、母親が「よこしなさい」と言っている場面に遭遇する。子供は嫌がって喧嘩しているが、結局ふてくされた顔でお金を母親のほうに放り投げる。


彼らにとっては、これが現金を得る貴重な生業なのであろう。ただ、もしこの地に仏教が存続していたら、彼らはカーストの最底辺に押しやられることもなかったかもしれないのだ。

元々、仏教徒だったはずの人々が物乞いしかできなくなっている。来るたびに感じることだが、痛々しい現実だ。

賽銭をよこしなさい、イヤだ、言い争っている親子

ラケシュは昔、ラジギールに来た時に、なぜか胸がやたら騒いだらしい。懐かしさに似た感情を覚えたそうだ。


霊鷲山に登る途中の洞窟を見たラケシュは、「ここはきっとアーナンダが棲んだ洞窟だ」という。聡明で謙虚な人柄のアーナンダにことさらに惹かれるそうである。


洞窟でひとときを過ごすラケシュ。彼の敬虔さにはいつも学んでいる。


医師ジーヴァカの邸宅。病院も兼ねていたらしい。世界の最先端を行っていたこの地の文化は破壊し尽くされてしまった。サンガの罪は重い。


●そして、パリワッティという部落を一年ぶりに訪問。ここは、ブッダが、ヤッカ――神・精霊の呼び名で、異教徒を意味するメタファーでもあるらしい――と42の問答をしたという中部経典のエピソードで出てくる場所。


パリワッティの岩山。

ここが仏教遺跡であることを示す看板


紀元前5世紀に、ブッダはここに滞在した。以後、ここは比丘たちの修行場だった。玄奘三蔵がこの地を訪ねた時には――しかし玄奘はよくあちこちのマイナーなブッダゆかりの地を見つけて足を運んだものである――巨大な仏像が存在したそうだ。今も掘り起こせば多数の仏像が出てくるはずだという。

パリワッティとは「変化 change」の意味を持つ。当時のブッダの影響力というのは、本当に凄まじかったらしい。こんな場所にまでブッダの足跡が残されているのだから。



地元の人たちとラケシュはいろいろと話し込んでいた。彼らはクシュワ(元シャカ族)とは違うカーストらしい。


ラケシュは「ブッダのことを学んで、村の子供たちにも伝えるといい、子供たちにとって大事なことだから」と男たちに伝えたそうだ。すっかり仲良くなっていた。ラケシュの人徳である。


パリワッティの岩山は、全体がストゥーパ(仏塔)にもなっている。山を覆う雑草の底をのぞくと、古いレンガの層がのぞいて見えることから、それは容易にわかる。


ちなみに、ケサリアの仏塔もこんな感じで雑草に覆われている。かつては巨大な仏塔がそびえ、比丘たちの修行の場だった場所が、異教徒たちに破壊され、埋められて、八百年近くは「存在しないもの」とされていた。

発掘され出したのは、イギリスの考古学者たちが研究調査を始めたからである。それがなければ、仏教はインドの歴史からは消えていた。

仏教は「智慧」を説く思想だが、自分たちを守る智慧は全く持ち合わせていないのである。かつてのブッダも含めて、仏教は楽観的であり能天気にすぎた。ここは反省せねばなるまい。でないと、また滅ぼされてしまう。


【写真】

パリワッティの岩山を降りるラケシュと案内人。いつかこの地でもブッダが何を説いていたか、伝えられるといい。


◎一日の終わりに、玄奘三蔵記念館へ。中国の仏教徒たちが布施して建てたらしく、資料がかなり充実している。


身長二メートルを越え、十代の頃から並ぶ者がいなかったとされる稀代の秀才・玄奘。


彼は、中国に伝わる仏典を読みこむにつれて、その矛盾や非合理、不明瞭を見過ごせなくなっていった。ブッダの教えの真実をつかむには、天竺に渡るしかないと決意して、出国禁止令を犯して深夜こっそりと寺を抜け出す。


奇跡に継ぐ奇跡を重ねて、ついにブッダ成道の地ブッダガヤにたどりつく。

このとき、ブッダガヤがすでにヒンズーの勢力に支配され、仏教が衰退しつつあるさまをみて、玄奘は嘆いたと伝わる。


そしてもうひとつの言い伝えは、玄奘が菩提樹の下にうずくまって号泣したということ――自身のやみがたき心の渇きが決して癒されていない現状を思い知り、「私は、釈尊の足元にも及ばぬ」と感じたからだと言われている。


玄奘は、仏教界だけでなく、当時の全世界の知識人のなかでも指折りの秀才だったはずだ。その玄奘でさえ、菩提樹の下でみずからの限界を知って涙したというのである。


謙虚にして、正真の求道者である。道の者というのは謙虚でなければいけない。


ちなみに、ブッダがその樹下で悟りを開いたとされる菩提樹をまつった金剛法座は、かつては自由に入ることができた。今は分厚いガラスの壁に囲まれて、立ち入りできなくなっている。


というのは、かつて日本社会に大迷惑をかけたカルト教団の代表者が、金剛法座に座り込んで、「ワタシはブッダの生まれ変わりである」とのたまい、激昂したインド人たちから石やレンガを投げつけられて追い出されたといういきさつがあるからだ。それ以来の立ち入り禁止である。


ちなみに今も、「ブッダの生まれ変わりだ」と語る、重篤の妄想病にかかった「宗教家」が、日本には存在する。こうした恥を知らない、そして世界の広さを知らない人間は、なぜか日本によく出てくるらしい。

それだけ日本という国は、あまりに世界が狭く、平和であり、自称・宗教家が語る妄想に、自分の願望を投影して快楽を得る人間が多いということなのだろう。つくづく、宗教という世界は、愚かしく、不毛である。


黄昏時の玄奘祈念館の階段に座って、ラケシュとしばし話をした。


ブッダも、玄奘も、ババサブも、その他の伝説的な僧たちも――仏教の潮流には、人間の知力と意志力とを代表する俊才・天才たちが、たくさんいる。その一人玄奘でさえ、謙虚に涙した。僕たちも、いつまでも謙虚でなければいけないね、と語り合う。


謙虚であることは、最大の美徳だ。だが、人間にとって最も難しいことでもある。


ラケシュとのきずなが、ここまで長く続いているのは、価値観や生き方が、根底において通じ合うからである。



なおもうひとつ、蛇足に近くなって恐縮だが、玄奘に師事した日本人僧・道昭の弟子が、奈良時代の行基で、その行基が開いたとされるのが、高尾山薬王院。


そして薬王院で出家したのが、この地インドで半世紀近く闘ったかの日本人僧で、その僧のもとで出家したのが、私(笑)。


もし、玄奘が旅の途中で死んでいたら、あるいは、道昭⇒行基というつながりが途絶えていたら、もしかしたら高尾山はなかったかもしれないし、かの日本人僧はどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。


となると、かの日本人僧を取り上げたドキュメタリー番組も成立せず、それを見ることもなかった私はインドには決して渡らず、


したがって、インドに渡ってかの日本人僧に同行してブッダガヤに向かう途中の車の中で、この無二の親友ラケシュと偶然隣り合わせるということも起こりえなかったわけで、


その場合は、ラケシュはインドの小さな村の一人として生き、私は、日本において生きているのか死んでいるのかよくわからぬ心境のまま、自分が何者かを知ることもなくさまようかのように生きて、果てていただろう。


今日この日、ラケシュと私とが玄奘の生きざまや謙虚であることを語り合うというこの一時の真実もまた、


はるか二千五百年を越す無数広大なつながり・連鎖の果てに起きている奇跡なのである。


つながりというのは、本当に不思議なものである。


【写真】

玄奘祈念館に足を踏み入れるラケシュ