仏教講座スケジュール

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新学期スタート御礼! 日本仏教編スタート

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興道の里2018No30 新学期スタート御礼!
【 仏教講座】
あの「聖徳太子」からも仏教の本質は学べる

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こんにちは、草薙龍瞬です。

最高の季節になってきました。空気の温度が安心(笑)。寒さを心配する必要がなくなりましたね。

インドでは50度を超す猛暑の季節です。この時期に日本にいられる幸運を想います。

(以前この時期にインドにいたこともありました。因縁によっては、日本で暮らしておらず、今もインドにいたかもしれない可能性も(笑)。やっぱり日本の春に感謝です(笑))


サラちゃんは、ずっとお外で遊んでいます。朝、公園に行ったら、草むらに「汚れたぞうきん」が。

白い地に灰色の汚れ。完全に気配がないので、ぞうきんだと思ったのですが、なんとなくサラちゃんの体の文様に似ていなくもない(笑)。

近づこうとすると、サッと飛び出し逃げようとしたので、やっぱりサラちゃんだったと判明。

サラちゃん、こちらを振り返り、私ということがわかってホッとしたらしく、ニャア(おはよう)と挨拶。

どうやら、草むらで気配を消して、スズメを狙っていたらしい。私の前でまた固まって捕獲モードに(笑)。

夜の講座の後は、たいてい外で待っているようになりました。サラちゃんに会いたい人は、講座後にきてください(笑)。

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●あの「聖徳太子」からも仏教の本質は学べる

さて、4月に入って各地で講座が始まり、新しい人も、昨年来ていた人も、会するようになりました。

各地の教室をあわせると、毎月百人を超す方々と出会えることになります。これもまた、幸せな因縁です。

日本仏教編では、聖徳太子編がスタート(※新宿朝日、名古屋、駒込が日本仏教編)。

●聖徳太子を、歴史上の人物としてとらえると、無味乾燥で凡庸な解説を聞くしかなくなるのですが、

その言葉を探ってみると、おどろくほど鋭く深い理解をしていたことがわかります。たとえば、こんなことを言ってます――(中略)


●こうした理解に立つと、聖徳太子が憲法で定めた、

「人には、みんな心がある。心にはそれぞれにこだわるところがある。ある人は肯定するものを、自分は否定する。自分が肯定するものを、他人は否定する(だが、関係性によるものでしかないから、その違いが重要なわけではない)。

自分がかならずしも聖人というわけでも、他人がかならずしも愚かというわけでもない。みな、凡夫(並の人)である。是か非か、いったいだれが決めることができるだろう」

という言葉の真意もちょっとは見えてきます。コレ、憲法ですよ(笑)。

(中略)

●こうしてみると、聖徳太子は凄まじく聡明な人物だったのではないかと思えてきます。仏教をかなり深いところまで理解して、それを政治に持ち込んだ人。

聖徳太子は実在しなかった、という学説もあるにはありますが、そんなことは大したことじゃない。

日本の歴史の最初に――政治の上でも、仏教史の上でも――こうした言葉を語れた人物がいた、というところが、凄い。

「ここまで考えた上で政事(まつりごと)をやっていたのか」と、思えてきます。


現代において、仏教を語る言葉はたくさんありますが、しかし

「仏教のプロ」としては、たとえば聖徳太子の思想をも学び、その中にある仏教の本質をしっかり抽出して、

その仏教的生き方・考え方を、今に伝えるという形が、本来の姿です。

実は1500年にわたって、受け継がれてきた仏教思想の潮流みたいなものがあるのです。

その潮流を汲みとらないまま、特定の宗派の思想や、坊さんや学者個人の考え方を語っても、やはり小さいものにならざるをえない。

もっともっと大きな、仏教という潮流に通じたうえでの語り方でなければいけないということです。それではじめて、仏教は血の通った思想になる。よみがえる。


聖徳太子ひとりをとっても、仏教の本質を多々学べる。
その潮流の滴をひとつずつすくいあげて、現代に活かせる智慧として、現代の言葉で復活させる。

仏教を伝え、学ぶというのは、そういう姿が理想です。

ただ表面的に言葉や知識を得る&語るのではなくて、もっと深いところで本質をつかむこと。そして、実際にちゃんと「生きて」みせること。生きなければ。

そういう学び方ができる講座を、今年もしていきたいと思います。