仏教講座スケジュール

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世代につれて人は進化する

【おしらせ】
8月23日大阪・中之島での講演は、オンライン受講が可能になりました。
8月6日(木)から受付開始です。 朝日カルチャー中之島 06-6222-5222

8月8日(土) 10:30~12:00 池袋 ★オンライン受講可
特別講座 「先が見えない時代に、心をいかに強く保つか」
池袋コミュニティ・カレッジ TEL 03-5949-5488 

8月17日(月) 15:30~17:00  新宿
仏教の「本質」をつかむ 原始仏教編 
朝日カルチャー03-3344-1941

8月23日(日)13:00~16:15 大阪 ★オンライン受講可
「自分の人生、これでヨシ!」仏教式・納得いく人生の作り方 
朝日カルチャー中之島 06-6222-5222

8月29日(土)13:00~14:30 福岡
「きっと大丈夫」と思えるブッダの言葉 ~「心の支え」をもって強く生きよう
福岡朝日カルチャー 092-431-7751

9月 5日 (土)13:00~14:30 横浜
「きっと大丈夫」と思えるブッダの言葉 ~「心の支え」をもって強く生きよう
横浜朝日カルチャー 045-453-1122

*各地で配布する教材は、内容は重なります。


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【仏教講座】
世代につれて人は進化する


日頃、ひとさまの相談を受けて、あとに残る印象は、

「世代を経るにつれて、人は〝進化〟するものなのだ」

ということ。


進化とは、心の自由へと近づいていくこと。


心を束縛するものは、おなじみの〝業〟【ごう】ですね。心の反応を支配している力であり、心のクセ。


この業の力は、本当にコワイ。自分でも「業に操られている」ことがわからないまま、フラフラと生きて、気づけば人生も終盤・・・ということは、ザラにある。


(業という言葉をはじめて聞いた方にとっては、なんだか特殊な話に聞こえるかもしれませんが、自分の性格とか、日々繰り返している反応のパターンを作っている「心のクセ」を、仏教では、業と呼びます。ほぼすべての人は、業をもって、それぞれの人生を作っています。『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』海竜社)


ひと昔前まで――というか、今も大して変わっていないけれど――、業(心のクセ)に無自覚なまま寿命を終える人が、圧倒的多数だったはず。

なにしろ、

自分が「同じパターンを繰り返している」ことに気づいて、

まさかその繰り返しには「原因」があって、

その原因は取り除ける、その方法がある――


ということなんて、思いつきもしないのが、自然なことで。


それを伝えていたはずの仏教も、いつのまにか、宗教という名のカタチと妄想にとって代わられたまま、現代に至ったという背景があって――。

ようやく、今の時代に至って、業の抜け方を体系的に語れるようになった・・・これは、かなり新しい現象なのだろうとは思う。





業から自由になるには、親のことを冷静に見抜かないといけない。

「親」として見ていたその人を、冷静に「人間」として見て、

その人間には、どういう過去があり、

どういう心の動きがあったから、

あんなことをしたのか、言ったのか、今もしているのか、

ということを、はっきり「言語化」できないといけない。


相手の人としての本質――その心の動きそのもの――を言語化したときにはじめて、

相手の人格を「客観化」できる。

客観化できてはじめて、人ははじめて「自分」になれる。ようやく、その人からの影響から抜け出していく。


これができていないと、心はぼんやりしたまま。どこかモヤモヤが抜けない。イライラが取れない。

いわば、ピントが合っていない人生を生きることになりかねない。


心はそもそも、その奥底でつねに追いかけている、見ている、思い出している――その相手(親)の影響を受けている。

その姿、その記憶が、刺激になって、反応し続けている。

その反応し続けている状態こそが、「執着」という心の状態だ。


日常生活も人間関係も、この「執着」を前提に繰り広げるものだから、必然的に偏ってくる。縛られている。


「親のことがわからない(あの人は、一体何者だったんだ?)」という、つかみきれないモヤモヤが今も残っていたり、

「親が不機嫌だったのは自分のせいだ」という思い込みで、自分を否定したり罰したり、

「親への不満、うらみつらみ」から、今もずっと不機嫌でいたり――。


ほとんどの人はそれでも「親に原因がある」とは思いもしない。「親からの影響」つまり業が、心の前提になってしまっているから。


その心を前提にして、自分も親になって子育てしたら、もちろん自分も「親そっくり」なことをして、自分が受けたのとそっくり同じ影響を、子供に及ぼしてしまう――。


放っておけば、この「輪廻」(といっても、心のクセの繰り返しという意味だけど)は、何世代重ねても、永久に続く。




相談にこられる人たちというのは、

自分の「繰り返し」を自覚していて、すでにいろんな方法を試して、

こうして新しい方法にめぐりあって、「親」と「自分」とを理解していく。

何世代にもわたる「業」の連鎖――祖父母以上にさかのぼる「血」とさえいえる心のクセを、ようやく「言語化」できるようになる。


心を自由にするには、「言語化」することが、コツになる。たとえば、

「その人(親)もまた、○○という過去があって、その心を外の世界(たとえば異性・ギャンブル・世俗の成功etc.)に向けつづけていたから、結果的に、子供の私には「ワケのわからない人間」に見えていたんだ。

私にはさみしさもあったが、あの「ワケのわからない人」をわかりたかったから、いろんな「わからない人」を追いかけていたんだ。

ということは、今もワケの分からない人を追いかける心のクセが残っているから、

ひょっとして、子供にとって、私はワケのわからない人に見えているのかも? 子供に聞いてみよう」


みたいな発想ができるようになってくる。

そこまで言語化できれば、子供との本当の対話(わかりあうこと)も可能になるし、親からの影響を抜けていくことも可能になる。



ともあれ、心はそもそもクセなんかない、苦しみのない、自由でクリーンなもの。

どんな心のクセであれ、正しい方法を選べば、次第に「解体」してゆける。


その方法とは、やはり「業を理解する」こと。親の業、そして自分の業――。


業という、心を縛っている最大の力を弱くしていけば、心は、本来の自由を取り戻していく。


心が自由になること――が、心にとっての進化。


相談に来る人、仏教にめぐりあった人は、急速にその進化へのプロセスに乗っていく印象がある。劇的な進化が始まる。



もちろん「執着」してはいけない。過去の自分を下手にかばわないこと。親を弁護しないこと。

人は、どうしても「親をかばう」「過去の自分にも意味があったと思いたい」ところがあるけれど、「美化」するかぎり、理解はできない。

美化することも、「意味があった」と解釈する必要もない。

これはもっと身も蓋もない話――「理解する」だけなのだ。徹底的に。


「こんなふうに思いたい」というのと、親と自分の業を「理解する」というのは、まったく別の話。

それとこれとは別――。


「業を理解して、心を自由にしていく」というテーマを、生きている間に最大限達成することは、

次の世代にとって、最高の恩恵になる。次の世代の自由が増えるのだから。


人は、どんどん進化すればいい。


心の自由ほど、大切なものはない。


心が自由になることが、人生で最高の価値であり、究極のゴール。


すべては「いかに理解するか」という方法の問題。

日々、理解する力をきたえて、進化してゆきましょう。




家族の「業」は越えられるということ。
「心の自由」を手に入れるプロセスのどのあたりに、自分はいるか。
ときおりこの本で確かめてもらえたら・・・。
「なかなか読み通せません」という人は、それだけ(執着に)縛られているのかもしれません。