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歩くしかない 追悼


11月3・4日と、京都で催された
京都アニメーション「お別れ そして志を繋ぐ式」

出席はできませんでしたが、思いは送っておりました。

今回の出来事は、あまりに痛みが烈しく、新しい言葉をつむぐのに時間がかかりました。
ブログ更新をしなかったのは、ある意味、喪に服するためでもあります。

ひとさまの痛みを語ることに、強いためらいはございます。

ただ、黙しても、きっと今回のことで負った深い悲しみというのは、ずっと続いてゆくのでしょう。

生きる限りは、ともに背負うべき痛みもあるような気がします。

せめて、
ずっと覚えています――という思いを込めて、
夏のあのときの言葉を紡ぐことから、この先に進みたいと思います。

歩くことにためらいを覚えつつも、歩くしかない。
歩いてまいります。

草薙龍瞬敬白合掌


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【出家、日本をゆく】
全国行脚2019 京都にて 
*当日の記録です
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2019年8月25日(日)
 朝は京都の宿を早めにチェックアウト。この夏ずっと訪ねたかった場所へと向かう。JR奈良線に乗って、「六地蔵駅」へ――あの京都アニメーション最寄りの駅である。

 京アニに毎日通っていた人たちは、どんな風景を見ていたのだろう。そう思って電車の窓の向こうをずっと眺めていた。青い空。光映える遠くの山並み。閑静に広がる住宅街――


 きっとたくさんの夢があっただろう。京アニに入れたことそのものが、歓喜して飛び回るほどの喜びだっただろう。アニメが大好き、というその思いひとつで道を切り開いて、好きでやまないことを仕事にできる。そして、この平和な風景を毎日見ながら、夢見ていた仕事場に通うことができる――これほどの幸せがあるだろうか。羨ましくなるほどの愛しさに満ちた日々ではないか。

 あの日の朝、この風景を眺めていた人たちは、この幸せにすぎる日々のことを、やはり幸せだと感じていたのだろうか。

 夏の景色を眺めながら、京アニに通っていた人たちの胸の内に思いを馳せる――

 とそのとき、風景の中に黒い何かが飛び込んできた。日常の風景とは明らかに異質な黒い何か――

 焦げた建物だった。京都アニメーションだ。そこだけが、明るい日常の中で黒く沈んでいた。

 小さな駅を降りて、アスファルトの道を歩いた。土手を上がって、あの人たちが眺めていたであろう小川を、彼らが渡ったであろう小さな橋を渡る。暮らしの気配しかない、小さな静かな町並みである。

 重い足取りで近づいていく。路地裏を入ると――突然あの黒い塊が目に入った。ああ、やっぱり現実であった――。

 ちらほらと弔問の人たちが、時間が止まった建物の周囲にたたずんでいる。見上げて、合掌して、言葉にならない思いを抱えて帰っていく。

 あの日、あのときに、本当にもしタイム・スリップして、ごくふつうにこの場所で、他の人からすればまさに夢をかなえた美しい人に、これから起こることを告げて、守ることができたら――

 そうか。かなわぬ妄想はこうして、取り返しのつかない出来事への痛みからも来るのだ。できることなら――時間を巻き戻したいと、誰だって思うだろう。罪などなにもなかったはずなのに。

 しばらく離れられなかった。ご近所の方々には迷惑だろうが、周囲もそれとなく歩いてみた。表通りに弔問台がある。テレビカメラや取材記者がたくさんいる。こうしたノイズは悼むことに邪魔になる。そうためらったが、弔問に訪れた人たちが残した色紙や花束や言葉にも触れておきたくて、思いきって弔問台に入ってみた。合掌する。それくらいしかできることはない。

 帰りはJRではなく、京阪電車に乗ってみた。この列車で通っていたスタッフもいただろう。その人たちが毎日見ていただろう景色もちゃんと見つめておきたいと思った。

 駅の階段をのぼったところに、京アニショップの看板が。この駅に美しい夢をみて毎日通っていた人たちがいたことを、この命(私)もまた忘れないようにしよう。絶対に忘れない。

 人々よ、痛みなく生きていられる人のほうが、きっとこの世界には少ないのだ。どんなに追い詰められても、余裕がなくても、自分ひとりが理不尽な目にあっているように思えても、他の人々もまた多くの痛みと苦しみを感じて生きているのだ。

 これ以上、この世界に痛みを増やしてはいけない。これ以上、人を傷つけてはいけない。お願いだから、生きている人たちすべてへのほんの少しの優しさと思いやりを、忘れないようにしよう。忘れそうになる自分自身と闘ってみよう。

 苦しみに呑まれたときには、必ず抜ける道はある。だからどんなに苦しみを感じても、けっして罪無き人を巻き込んではいけないのだ。 

 いろんな思いをかみしめながら、京都を後にした。
 夏はこんなに美しいのに――
 夏はいつも痛みを連れて来る気がしなくもない。そう感じた。


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絵が大好きな人たちがこの駅に降り立っていた 
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夢、希望、勇気、友情、努力――いろんな美しさを教えてくれた京アニ。


傷つく人たちがなるべく増えないように、
この時代にあって、 
やさしさを守る強さを伝えていかねばと、
個人的には思った日だった。
忘れまい。