仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
●全国行脚は毎年夏! 講座・個人相談・法事など、ご希望者はご連絡下さい(クリック)
●仏教講座のスケジュールはこちらをクリック。 
●メール通信、配信中。
①お名前(実名)、②都道府県、③近況(本の感想・知ったきっかけ等も可)をひとこと 書いて koudounosato@gmail.com まで。
●廃寺・空き寺・日本家屋を募集中! 生き方と教育と仏教をひとつの場所で――ご提供くださる方、ぜひご連絡ください。

ゆく年くる年【漫画】

この一年のご縁に
心から感謝御礼申し上げます。

よき新年となりますように。
草薙龍瞬敬白合掌


長い人生はひとつの準備 


●年内最終の講座予定
※どの教室も予約不要です。お気軽にどうぞ。

12月20日(木)14:00~16:00 
巣鴨・大人のための仏教の学校 巣鴨地域文化創造館
12月22日 (土) 18:00~20:30 
心の大そうじ! 年納め坐禅会 神楽坂
12月24日(月) 
14:00~16:30 仏教でXマス★生き方としての仏教講座☆年納めスペシャル昼の部 神楽坂
18:00~20:30 仏教でXマス★生き方としての仏教講座☆年納めスペシャル夜の部 神楽坂

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今日は、名古屋・中日文化センターでの年内最終講座。

毎回、東京から名古屋に赴くのは、楽しい。今日も、真っ白に輝く富士山が見えた。

講座は、月に一度で2時間しかないので、毎回、あれもお話したかった、これも…と思いが残る。

私としては、これは貪欲というより、慈・悲・喜の実践である。いわゆるサービス精神^^。

一年、よくみなさん通ってきてくださったと思う。

男性がお手紙を下さった:

「人生に果たして正解はあるのか。こんなつかみどころのない、一笑に付されるようなことを考えた時期がありました。

しかし、ここに「仏教的見地に立てば」と限定すれば、あるいは条件を付ければ、前述の主題は成立しうるのではないかと思いました。

先生が言う「正しい気づき」とは何か? それが難しいのですが……私は、それを

人生の最後に遭遇した時――もし意識があれば――ああ、自分の人生はこれでよかったのだ。と抵抗なく思えることだと思いました(実際、自身がその通りにできるかはわかりません)。

それが正解とまでいかなくても、納得の人生なのだと。(中略)

近年、お勉強からも遠い位置になり、メリハリのある生活からも遠ざかっておりましたが、ご縁あって、草薙先生の講座に出席できて、心から感謝しております。有難うございました。


名古屋市の市井にて 
教え聴き 一期一会の思いかな 
馬齢80歳翁」


こちらこそありがとうございました。

本でも、講座でも、真摯に受け止めて下さっていることが伝わってくる機会がたくさんあります。

ありがたく思います、多少は仏教がお役に立てているらしいことに^^。



さあ、そろそろ年納め――。

東海のみなさん。また来年春にお会いしましょう! 
よきお年を!

【帰り道で見た天使のはしご】
【たそがれ時の富士山】


【ブッダの言葉】 この世界を変えるには――


ためらうブッダに、こんな声がした――

ああ、世界は滅びる。道を遂げた人が、道を伝えることをためらっているのだから。


すると、こう語る声が聞こえた――

真実を知らなければ、人々は道を見失うでしょう。

しかし真実を知れば、きっと新しい道に目覚めることでしょう。


ブッダはようやく決意した――

求める者は、耳を傾けよ。
苦しみを越える道が、今ここに開かれた。

*マハーヴァッガ1章5節

【注記】
ブッダは、「この深遠なる真理は、執着を好む人々にはけっしてわからない。
私が道を伝えても、無駄に終わるであろう。
ならば、人知れず、静かに人生を終える方がいい」と、
伝道をためらったといわれる。

そこに、神々が降りてきて、道を伝えれば目覚める者たちもいるだろうと語りかけたという。「梵天勧請」と呼ばれるエピソード。

原始仏典における「神」とは、ときに訪問者・客人・旅人を意味する隠喩として使われることがある。

ここでいう神とは、人々だったか、それともブッダ自身の内なる思索の声だったか。個人的には後者の可能性が高いだろうと思う。

ブッダのためらいは、まだ人々に道を説く前、「さとり」直後の静寂のなかで繰り広げれらたものだっただろうからである。

 ◎ ◎ ◎

実践なき議論は、空疎である。
そこには、道を生きる者がいないからである。


スバッダよ、道を生きる者になりなさい。

実践を大切にするなら、

この世界には、正しい道を生き、苦悩を越える者たちが、

絶えることなく現われてくるだろう。
(その方角を忘れてはならない)。

*遍歴行者スバッダへの言葉 
ディーガ・ニカーヤ

【注記】
ブッダが、臨終まであとわずかという病床にて、客人スバッダに語った言葉。

ブッダは、人々が好む噂、詮索、ただ言葉だけの議論や哲学・思想・宗教というものを、

「現実の苦をほどく効果がないものは、戯論【けろん】にすぎない」と位置づけた。

何に価値を置くかは、価値を置く本人が決めるもので、
その点では、「言葉だけ」であっても価値があるとされる関係性――社会・コミュニティ・個人的対話など――はもちろんありうる。

ただ、あやういのは、妄想を抜けていない人間にとって、ただの妄想でしかないものを、真理だとか、正義だとか、思い込みたがることだ。

自分が信じるもの、自分が語ること、自分が想うことが、真実である、正しいと思う。
その妄想をもって、他者の妄想と対立し、争い始める。
妄想が価値あるものとして独り歩きする。

これは、今日の社会においても、そのまま当てはまる。

社会の前進を志さない言葉、ひとの幸福をめざさない言葉、
ただ、利欲と慢と妄想の満足のなかに留まっているだけの言葉――

少なくないのではあるまいか。

現実を変えゆく言葉、
この世界の苦しみを増やさないことを志す言葉には、
価値があるとして、

はたして人間の心は、価値ある言葉と、価値なき言葉を、
明瞭に分ける基準を、持ち合わせているのだろうか。

ブッダは「実践」こそが、価値ある言葉であることを証明し、
のちの時代にも生き延びるための条件だとした。
たしかに、それは真実だろう。

ただ、大多数の人々が、実践を忘れ――つまりは現実をよき方向へと変え、ひとの心の苦を越えるという方向性を忘れてしまったら、

世界は、妄想が支配する場所へと化していくおそれがある。

思想・宗教は、言葉に留まっていてはいけないはずで、

実践により、現実の問題・課題を克服して、
一人でも多くの人が幸せになれる世界へと変えていくべき役割を持つはずだ。

妄想に終わらせないために、たしかな実践を――

ブッダが伝えようとしたことはシンプルだが、
その意図に沿うことは、けっこう難しい。

人々は、実践による変化より、妄想による快楽を選びたがるものだからだ。

思想というのは、生きて(実践して)はじめて価値を持つ。

言葉で終わらせてはならぬ。
言葉は本物でなければならぬ。


はるかな未来と大いなる風


本日12月1日、八王子のNHK文化センターで、
講演会を務めてまいりました。

ラジオ収録もかねてということで、

ふだんよりちょっと硬くて、内容的にはどうかな~~~????という感じで終わってしまいました(^▽^;)。

聴いていただくと、やっぱり、いつもより硬くて、話が難しかったと思うかもしれません。

なので、告知するのも少しためらわれるのですが、致し方なし。今後成長していきますということで、大目に見て(聴いて)ください。来年3月ですが(笑)。

●NHKラジオ第2(全国放送)
文化講演会「心やすらぐ日々のすごし方」草薙龍瞬
放送日 2019年3月10日(日)夜9時~10時
再放送 2019年3月16日(土)朝6時~7時

終了後の質問が(どの会場もですが)、リアルで切実でした。ほんとは3時間くらいあればよかったかも。(そうか、30分くらい質問タイムをおまけにつけさせてもらえれば。どの会場も。ぜひそう致しましょう。)

●終わってから、外で、かつて講座に来ていた女性と再会。その旦那様も。

今は結婚なさって、ママになりました。

生後3か月の女の子とはじめて対面。
すっごく「よく見てる」感じがしました。意志が強いというか、はっきりしているというか。

ママも長身ですが、子供も大きい。福々(フクフク)していて、そのままお坊さんになれるみたいな雰囲気(笑)。

人生、すべてこれから。だって生まれてまだ3カ月! だし。

これから、未来を生きていくのだと思うと、なんだか壮大。

この子が将来見る景色というのは、たぶん私とか、大人たちは見ることがないだろうわけで(笑)。

どこまで歩いて、どんな景色を見てくれるのか、
なんだか、僕らの代わりに、いっぱい、いい景色を見てね、と言いたくなるのでした。


●きっと、親というのは、しっかり向き合い方のいしずえというか、土台に立っていればよいことで――

それは、やはり「理解する」ことだと思います。

よく見つめて、よく聞いて、よく話してあげること。


親子ですから、もちろんときどきすれ違いがあったり、
年頃になればいっぱしの意見や反抗を向けてきたりも、
するかもしれないのですが、

おっきなところで、本人の自立と幸せを、親として願っていられるなら、動じることはない^^。

人生は長いのだし、やがて伝わってくれればいい。

こちらの動機・思いが、相手の幸せを見すえているなら、
それ以上にできることなんてない。というか、それが絶対の答え。


○もちろん、幸せというのは、本人の自立が前提になります。自立できたあとに、人生の幸福はかなう。

人生のある時期までは、たっぷり与えてあげて、満たしてあげて、

次第に、自分の意志と足で歩けるようになるだろうから、そのときは、タイミングを見て、ちょっと関わり方をスイッチして(切り替えて)あげる。

親としての限界もやっぱりあって、「これは親にはムリ」というところは、ちゃんと伝えてあげる。

なかには、自分の限界を知らないで、子供の人生に過剰に首を突っ込んで、子供の心の自由と自立を阻んでしまう親もいる。

親としてしてあげられること――それは、子供が自立への準備期間に入るまでには、ほんとうにたくさんあって、

他方、
ここから先は、あなたが自分の力で、せいいっぱいがんばりなさい。
親である私たちは、私たちにできることはしてあげるけど、
それ以上のことは、あなたが自分でがんばるんだよ

と言ってあげるべき部分もあって。

そこが、大事な線引きということになります。

●ともあれ、

いつも、よく見て、よく聞いて、よく話してきかせて、
いろんなことを理解できるように、
こちらの思いも理解してもらえるように、
いっときいっときを大事に、一緒にすごしてゆけばいい。

きみの人生にさいわいを。
これから、たくさん遊んで、いろんな体験ができるようにね――。

そんなことを思いました^^。

坊さんが2人?









NHK文化講演会 草薙龍瞬「仏教式・心やすらぐ日々のすごしかた」

12月1日、東京八王子のNHK文化センターで、

1日かぎりの特別講座を開催いたします。

ブッダが出家する前の苦悩の日々に始まり、
2500年の歳月を越えて、

現代を生きる人々が、今をどう生きるか――

家族とどう関わるか、

過去をどう忘れるか、

不安や孤独をどう乗り越えるか、

そして、やがて来る「旅立ち」をどんな心で迎えるか。

さまざまなテーマについて、仏教的な考え方を紹介する

スケールの大きな講演会です。

わかりやすく、かつ実用的で、
仏教そのものの理解も深まる、

一石三鳥の講座です。ぜひご参加下さい。


★仏典の抜粋と、草薙龍瞬の書下ろし解説が入ったオリジナル資料を進呈します。

このリンクをたどって、お申し込みください:
NHK文化センター八王子 https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1157675.html



臨時休講日のお知らせ

【告知】
興道の里より臨時連絡申し上げます。

●休講
11月22日(木)巣鴨
11月23日(金)午前・神楽坂
の仏教講座は、臨時休講となりました。

●変更なし(開講)
11月23日(金)夜の坐禅会・神楽坂
11月24日(土)夜の仏教講座・神楽坂
は、予定どおり開催します。

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「連休が明けたら、いよいよ年末に向かって、忙しくなってくるかと思います。
少しでも心の荷物が少なくなるように、学びも大切にしたいものですね。」
興道の里・草薙龍瞬

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今年最後の東北入り

興道の里2018 No.49

10月7日夕刻に、北仙台の教会を再訪。
小さな駅を降りたら、町並みの向こうにきらめく空が見えた。

大地に沈む寸前の太陽が、分厚い雲の背を、まばゆく輝かせている

建物も電信柱も、まばゆい金色の光に溶けてしまいそうだ。

なんとかこの空の全貌を見渡したいと、近くの神社に登ろうとしたが、ビルのほうが高く、断片的な雲のきらめきしか見えなかった。

秋の入り口に差しかかかった、せつない東北のあかね空を眺めるのは、生まれてはじめてかもしれず、この一瞬の僥倖に感謝した。

美しさは、この世界の至るところに溢れている。この命が居合わせているかどうかの違いだけで。

シスターたちと夏以来の再会。中庭のマリア様にも御挨拶^^。
東北らしく、芋入りのおでんをいただく。夜は教会でひとりすごす


●10月8日(祝)

午前の法話会では、『反応しない練習』(KADOKAWA)で書いたホームレスのヤクザ男との「その後」を、リアルに再現。

本の中では警察に連れていかれたところまでだが、実はその夜再会して、もっととんでもない出来事があったのである(笑)。

新宿の薄暗い路地裏のビル地下のバーに連れていかれて、その後なんと……という話。

お昼は、豚汁(ブタ汁と呼ぶらしい)をごちそうになり、相談一件


夕刻にみなさんとお別れ。こんな秋の日よりに、東北の小さな町並を歩ける幸せを想う。

北仙台から、山形そして米沢へ――夜、見知らぬ田舎の駅にしばらく止まった車窓から、別の列車の車内が見える。

あの車両に乗る人の毎日は、どんなものだろう。
この国に生きる人々が、永遠【とわ】に幸せであってほしいと願う


翌日、秋の日だまりに明るく照らされた東北の風景を見ながら、上野に戻る。

稲刈りを終えた田と、これからの田とが、絵画のようなパッチワークを成している。今年の日本の旅は、すべて終了。ここから沈潜して、言葉を紡ごう。

日本各地に、今はたくさんの人々を知っている。
この夏出会った人たちの姿を思い出す。

かつて、この命が生きていることを知る人は、故郷を出た時、日本
を離れた時、この国に帰ってきた時には、世界にひとりもいなかったのに。

遠すぎる旅路を、ここまで歩き続けてきた。
いつか感謝をもって、すべて振り返りたいものである。
 
 
北仙台のたそがれ 空の広さはこんなものでは到底なかったのだが
 

全国行脚御礼ポストカード


この夏出会った方々に送っている
オリジナル・ポストカードです

また来年の夏、お会いしましょう!

草薙龍瞬は、ここから怒涛の執筆行に入ります
正真の言葉を紡いで
だれかの命に届く良質な作品を
一冊ずつ送り出してまいります

写真は山形米沢の朝の風景


全国行脚、完遂御礼!

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興道の里2018No.47
【出家、日本をゆく】全国行脚、完遂御礼!
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こんにちは、草薙龍瞬です。

9月26日、沖縄から東京へ――。

2018年度の全国行脚、ついに完遂です(^▽^)!

これから、今年の全国行脚を振り返る、
旅の記録をまとめていきます。

まだ、記録は愛媛松山に入ったところで止まっていますが(笑)、分量としてはゆうに単行本一冊分。

膨大な想いを溜めこんだ旅となりました。

7月1日の静岡に始まり、ほぼ3カ月かけて沖縄入りで終了――。


●今回出会った人々の姿、相談を受けた方々の人生、その時々に分かちあった言葉と思いと時間――

すべては濃密にして、かけがえのないもの。

そのいずれも、その時、その場所、その人との間でのみ成り立った奇跡のようなもので、

この奇跡は、いわばその時間・場所にいた人と、私の心の中にしか存在しなくて、

いずれかの心の中から、その奇跡が消えてしまえば、この宇宙が終わるまで決して再生されることはなく、

また、いずれかが生きている間は、その心の片隅には残るだろうけれど、それは決して、他の人々の眼に触れることのない、

本当に、存在するようで、存在していないともいえる、
あったともいえるし、なかったともいえるくらいの、

貴重な、奇跡みたいなものだと、感じています。


旅はすごいし、出会うこともすごい。

その出会いの中で、生き方を見出し、苦しみを抜ける可能性に手が届いたという、たしかな事実もまた、素晴らしくすごい。


●人間は、執着する生き物で、変わりたくないという重力に負けてしまいがちで、

この夏見出した「道」を、これからまた見失ってしまうこともあるとは思います――が、それは自然なこと。

忘れてもいいし、元に戻ってもいい。でも、再び苦しみに呑まれそうになったら、

「あの夏、あの話をたしかに聞いた」という事実を思い出してくれたらと思います。

そして、再び声をかけてください。また夏に、こちらから足を運びますので^^。

「道」というのは、目的地にすぐにたどり着けるものでは、なくて

すぐに変われないかもしれない。「ああ、自分はなんて弱いんだ」と思い知らされることのほうが、多いかもしれなくて。

ただそれは、「すぐに変化を求めたい、結果を手に入れたい」という貪欲、あるいは妄想が作り出すものだというのが、事実であって

結果を追いかける必要はなくて、

「私は今、正しい道を歩いているぞ(≒忘れていないぞ)」
と思える、今のあり方=心がけこそが、一番大事なのだと思います。それがすべて。

正しい道とは、たとえば「理解する」ことであり、「妄想に気づく」ことであり、

できれば、つつしみや慈悲の心に立って、もう一度心を立て直すこと、生き直すこと。

その「心がけ」で生きていること、生きようとしていること――そのことが大切なのだと思います。

結果を求めるのではなく、正しい心がけに戻ること。

結果を急ぐのではなく、正しい心がけを実践すること。

やってみること。やり続けること。

その心がけだけは、思い出せるように――思い出せる、だけで十二分。それこそが本当の強さです。


●この夏、お声をかけてくださった方々、足を運んでくださった方々、本当にありがとうございました。

そして、日々の生活がある中で、場所を見つけて、告知して、私と時間をともにしてくださった方々、本当にありがとうございました

呼んでくれることで、確実に新しい出会いが生まれます。

その出会いによって、大きく前に進む・心を立て直すきっかけを手に入れる人がいることも事実です。

いわば、この夏、功徳――ひとを助けるはたらき――を引き受けて下さった方々に、深く感謝御礼申し上げます。


つくづく、創造的で、確実に誰かの幸せにつながる旅が、つながっていきました。

どの日どの場所で見た景色も、さずかった出会いも、生涯に残る珠玉の宝として、この胸に大切にしていきます。


出会った方々がみな幸せであるように。そして、

この夏出会わなかった方々も幸せであるように。


●私はこれから、12月下旬まで、執筆作業に入ります。

夏の旅とは対照的な、たった独りの沈黙行、そして言葉を紡ぐ行の始まりです。

毎回、魂を削り、精魂の限りを尽くして言葉を紡いでいくので、疲れはするのですが、

この夏の行脚が、いい意味でのリハビリというか、リフレッシュの期間となりました。

(この夏の尋常ならざる暑さの中、行脚でたいへんお疲れでしょうと労ってくださる方に感謝です。でも考えてみれば、東京の事務所兼自宅は、冷房がないので、ある意味、東京で活動している時がいちばんキツくて、旅で移動している時のほうが、快適だったりします(笑))

ここから先は、沈潜を。そしてしっかり、本を書き上げることに命尽くしたいと思います。


まずは、この夏の充実を、みなさまに感謝御礼申し上げます。
ありがとうございました。


道は、たどりつくことに意味があるのではない。
今、歩いていること、
歩こうとしていること、
歩けるかもしれないと感じ始めていること――

その事実に意味がある。

2018年9月26日
草薙龍瞬謝恩合掌

旅の終わり・沖縄たそがれ時の光る海


出家、日本をゆく 8月25日能登川から福崎へ


https://ssl.form-mailer.jp/fms/e4f245ca315315
このバナーをクリックすると、全国行脚応募ページにジャンプします。

興道の里2018No.44
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こんにちは、草薙龍瞬です。
今週末の沖縄入りで、今年の全国行脚も終了です。

旅先で出会った方々・お世話下さった方々、そして
興道の里の活動を支えて下さっている皆様に、感謝申し上げます。

ただいま、全国行脚の記録「出家、日本をゆく」をまとめている途中です。

今回は、その一部抜粋――おすそわけ――です。

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8月25日(土) 

能登川から、いざ兵庫・福崎へ 光のなかを潜り抜けるのは、いつも楽しい

姫路から播但線で、正午すぎに福崎着。想像したことのない未知の土地にも、ひとは暮らしている。Sご夫妻に一年ぶりに再会。

 民俗学者・柳田國男の生家をのぞく。とても小さな日本家屋。家屋を擁する公園には、いろんな妖怪のオブジェが散在。かなりリアルでグロテスク。妖怪造形コンテストを開いて、入選した作品を野ざらしで展示している。

 福崎町は、ゆるキャラの向こうを張るリアルバージョンの妖怪をご当地名物にする意向らしい。福崎駅前のかなり精巧な河童に始まって、カエルの妖怪とか、天狗とか、巨大豚の家族とか。

いきなりこんな河童がお出迎え
池の河童さんと対面

福崎町にはいろんな妖怪が生息している(笑)。
3.5キロを歩くのはきつい。サイクリングコースにするとよいのでは? 記念公園内には河童と泳げるプールまたは町営の健康ランドを。成功間違いなし!



 柳田國男は、近所の庄屋・三木家に11歳のときに一年預けられたという。その蔵で、三木家の歴代当主が集めた膨大な書物を見つけて、手あたり次第濫読したとか。

 いわば三木家の学芸好きの血筋が、柳田の人生における土壌となったという次第。三木家が書物を蒐集していなければ、柳田の好奇心が触発されることはなかったかもしれず、民俗学の域に結晶することもなかったかもしれない。

 柳田が三木家に預けられたのは、因縁による偶然。そこで柳田が心に取り込んだのは、三木家の善業である。業というのは、負の面だけでなく、正の部分もある。

 子供の好奇心は、だからこそ大事にしないといけない。意識が向くということ自体が、僥倖(幸いなる因縁)なのである。そのときに良質の体験をさせてあげられるか。その最初の興味に、心地よく打って返せる人間・知識・物・経験を、目の前に差し出せるかどうか。

 興味は一瞬で消えてしまう。だからこそ、快の反応を体験してもらって、結生させて、善き業へとつなげていくのが、大人たちが務めるべき本来の道すじなのだろう。