仏教講座スケジュール

●古い仏教のイメージから自由になりましょう。心の苦悩・現実の課題を越えてゆくことが、最も大事なこと。思い込みを捨てた時に、ブッダの教えの真髄がみえてきます。
●全国行脚は毎年夏! 講座・個人相談・法事など、ご希望者はご連絡下さい(クリック)
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全国行脚2018 7月日程 &旅の言の葉(アーカイブ)

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【お知らせ】
草薙龍瞬全国行脚2018 7月日程
&旅の言の葉(全国行脚2017年アーカイブ)
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草薙龍瞬全国行脚2018 7月日程表

7月 1日(日)10:00~11:30 
静岡SBS学苑 ひとは、もっとラクに生きられる(特別講演)
SBS学苑・パルシェ校 静岡市葵区黒金町49 静岡駅ビル・パルシェ7F TEL:054-253-1221
7月 1日(日)13:30~15:00 
浜松SBS学苑 ひとは、もっとラクに生きられる(特別講演)
SBS学苑・遠鉄校 浜松市中区旭町12-1 遠鉄百貨店 新館8F TEL:053-455-2230

7月 5日(木) 14:00~16:00 
巣鴨・大人のための「仏教の学校」 巣鴨地域文化創造館 巣鴨地蔵尊通り

7月 6日 (金) 14:00~16:00
座禅と法話のひととき 神楽坂・赤城生涯学習館 和室

7月 7日(土) 
10:00~12:00 東武カルチュア池袋 仏教は「上手な生き方&心の使い方」
18:00~20:00 生き方としての仏教講座 神楽坂

7月 8日 (日) 18:00~20:00 
座禅と法話のひととき 神楽坂・赤城生涯学習館 和室

7月 10日(火)滋賀県訪問 ☆個人相談可能
7月 11日 (水)~14日 大阪・岸和田滞在

7月 13日 (金) 18:30~20:00 
大人の女性のための本の読み方講習 岸和田喫茶店チャイム 
☆要申し込み:参加ご希望の方は koudounosato@gmail.com まで。

7月 14日(土)13:00~14:30 
岸和田健老大学講演「健康で美しいトシの重ね方」
岸和田健老大学・本部2階南室 〒596-0076 大阪府岸和田市野田町1丁目12−7 072-431-1575 ☆要申し込み:聴講ご希望の方は072-431-1575(岸和田健老大学)

7月15日 (日) 13:00~16:30 
神戸三ノ宮「仏教を暮らしに活かす講座」
神戸市勤労会館 JR三ノ宮駅近く 〒651-0096 神戸市中央区雲井通5丁目1-2
☆予約不要・直接会場まで。

7月16・17日 福井県訪問

7月 17日 (火) 10:30~12:00 
名古屋「生き方として学ぶ仏教」日本仏教編 栄中日文化センター

7月 18日 (水)
10:30~12:00 東急BE二子玉川 座禅エクササイズと「心がラクになる」仏教こばなし
13:30~15:00 東急BEたまプラーザ 座禅エクササイズと「心がラクになる」仏教こばなし

7月 19日 (木) 14:00~16:00 
巣鴨・大人のための「仏教の学校」
巣鴨地域文化創造館 巣鴨地蔵尊通り 

7月 20日 (金) 18:30~20:30 
朝日★自由な心にたどり着くための仏教・大乗仏教編 朝日カルチャー新宿
朝日カルチャー新宿 西新宿2-6-1新宿住友ビル10階

7月 21日 (土)
大阪梅田(企業研修)

7月 22日 (日)~25日 今治からしまなみ海道→広島入り 

7月 26日 (木) 
岡山・法話会(場所調整中) 

7月26・27日は、岡山・広島・兵庫・大阪で個人相談可:ご希望の方はkoudounosato@gmail.com

7月 28日 (土) 10:00~12:00 
東武カルチュア池袋 仏教は「上手な生き方&心の使い方」

7月 29・30日 (日・月)
山形米沢訪問 ☆個人相談可

7月 31日(火) 
仙台入り ☆個人相談可

8月1日から北日本(東北・北海道・北陸)
★調整中:いつでもご連絡下さい。


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旅の言の葉 全国行脚2017年アーカイブ ※2017年行脚中の言葉です

ひとは、苦しみ続けるために生きているのではない。生まれた時に苦をすでに抱えていたわけでもない。

いっさいの苦は、この世界に生まれて以来、生きていく過程で背負ってきたもので、どんな苦しみも最初に存在したものはない。

となれば、生きているこの人生のなかで、苦しみをすべて降ろすことは可能である。
心にはそもそも苦しみなどなかったのだから、その状態・境地に帰ることだ。

つまりは、苦しみの荷物を降ろし、もう一度、軽くて自由で解放された、
本来の、天然の、自然[じねん]の心のあり方に、帰ることである
帰ってよいのである。

ただひとは、みずからの心を観るという発想も、そのすべも知らない。その意味で、無知なる生き物である。

親も、子も、すべての人間が、心をもって生きながら、その心を見つめて、心の苦しみを抜ける方法を知らない。

だから、過去の苦しみを抱えて、新たな苦しみを作り出し、
どこまでも、重く、霧は晴れず、視界・見通しの悪すぎる道を、
とぼとぼと「こっちでいいのかな、たぶんいいのだろう」という程度の手応えで歩いていく。

やがてゆきづまる人も出てくる。
その道のりを、無明の闇路と呼ぶことは可能である。

だが人間は、「正しい理解」という智慧の光――つまりは明瞭な方法――を持つことで、苦しみの霧の中を生きるのではなく、苦しみの霧を抜けることを、人生の目的にすることができる。

人生の重たく無駄な荷物を降ろして、身軽で解放された快適な心の状態で生きることを、めざすことができる。

人生に苦しみを伴うことは、事実かもしれないが、
人生の苦しみは、この人生のうちにすべて降ろしうることも、まぎれなき真実である。

その真実にめざめて、今いるその場所で、真摯に、誠実に、熱心に、心の苦を降ろして、解放されることをめざすことだ。

そうした生き方こそが、正しい生き方だ。苦を抜けることをめざして、その方法を心がけることこそが、生きることの意味である。


がんばれ、がんばれ、がんばれ、である。これはすべての人々への、そして己自身への呼びかけである。

この世に生きる命はみな、しっかりと間違いなく正しいといえる方角をみすえ、思い出して、その道を歩いていくことだ。

そうした人生であるならば、どこで旅立ちを迎えようとも、正しい道のりの途中にある。

正しい道のりの途中にあるという事実こそが、人生最高の意味であり、
最高の納得、「よし」と思ってよい理由になる。
そう思えた時、ひとは人生を成就している。


――そんな感慨を抱きつつ、明日の講座のために新幹線で東京に向かう。この時間帯は、仕事に疲れてシートに沈み込むスーツ姿の人たちが多い。車窓の外には、夜の帳に明滅する人家の明かりが見える。

あまりに忙しく駆け回った行脚最初の旅だったが、印象的だったのは、どこを訪れても、ひとのすまう家並があることだ。

その数だけ、私が見知らぬ人生がある――と思うと、せつなくなる。きっとあの家の一軒一軒のなかに、この命が一生出会うことのない、幸せも苦悩もあるであろう。あたかも、けしてつながることのない、遠い彼方の星々のように。私は、けして手が届かないことを知りながらも、手を延ばす。

これほどにひとさまの苦悩・暮らしのそばに近づき、ひとときをともにすごし、容易には見がたい苦悩の原因を見すえて、そこから抜ける方法を共有し、希望への明るい方角を見出す。

かくも創造的で、苦悩から幸福への一本の道すじを伸ばしている実感が持てる旅というのは、幸いである。

これほどの幸福、充溢、発見、貢献、そして感謝と友情を感じうる旅の形は、稀有である。この命は、幸せである。


電車は宵闇のなかを潜[くぐ]って、東京の街並みへと入っていく。艶[つや]めくビルの明かりが、どこか懐かしい。

行脚の旅は、ようやく始まったばかりである。光を越えるスピードで、日本各地を旅していく。